季節を越えて

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ぼんやり揺れるカーテンを眺めていたら、玄関からガチャリと音がした。 買い物袋を持った義憲が、俺を見て笑いかけてきた。 「おはよ裕也。ちょっと待ってろな」 言いながら買い物袋をテーブルに置き、義憲は仕分けを始めた。 長い黒髪を後ろで縛っている。改めて見れば、筋肉の程よくのった引き締まった体をしている。 義憲は鼻歌混じりにキッチンに立ち、料理を始めた。流れるような作業で、食材をリズム良く切っている。 楽しそうに料理をするな。思いながら、ただ眺めていた。 部屋にいい香りが漂い始め、義憲は満足げにスープを皿に注いでいた。 「さ、食べるか」 野菜がたっぷり入ったポトフに、ムニエルとパン。口にして、笑みを浮かべる。 「美味しい」 「だろ?まあオレが作ってんだから当然だな!」 笑いながら食事をするのは、ずいぶんと久しぶりだった。 いつもより多く食べてしまい、食後にはラグで横になってしまった。 「俺店行くけどさ、裕也どうする?」 ごろごろしていたら、義憲が声をかけてきた。身を起こし、時計を確認する。 3時。ずいぶん早く行くんだな、思いながら立ち上がった。 「行くよ」 着替えて、義憲とマンションを出る。日射しは強く、暑いくらい。日陰は涼しく、過ごしやすい天気だと思う。 義憲と歩きながら、たわいもない会話をする。小春日和とは、こんな日の事を言うのだろうか。 「今夜も来るか?」 聞かれて曖昧に頷いた。 義憲と別れてから、タクシーを拾い自宅に戻った。 雑然とした、汚い部屋。 窓を開けて煙草を吸い、ぼんやりと点滅する携帯を眺めた。 俺は…。考えて、自嘲ぎみに笑った。 愛想笑いを浮かべて、媚びて酒を飲み売上を競い合う。騙したり、騙されたり。 精神をすり減らし、だが笑みを浮かべて過ごす毎日に疲れて。逃げ出した。 客同士の小競り合いをぼんやり見ながら、俺は逃げ出したくなったんだ。 嫌味な先輩や、後がまを狙う狡猾な後輩を交わすのにも疲れてた。
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