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壊れた君
壊れた君は綺麗だ。子供たちにたくさん踏み潰された公園の花みたい。地味で、茎が折れていたり、花びらが剥がれたりしている。それでも生きようと必死に太陽へ手を伸ばす。雨は祝福か涙か、僕は涙であってほしい。
彼女との出会いは恋ではなく故意であった。幸薄そうな顔の君は、クラスでも影の存在で、昼食はいつも一人だった。それをクラスの人は理解していながら、認識していなかった。だからいじめとかはなく、ただの存在、空気、背景として扱われていた。
僕はそんな君を利用したかった。平然とぼっち飯する君を、教壇で躓いて顔を真っ赤にする君を、バレーボールが飛んできて叫ぶ君を。
とある夏の終わり頃、その欲は増幅した。
君は長くて清潔感を損なわせる髪を大胆に切って、魅力を遮断する眼鏡を外し、学校へ来ていたのだ。
誰もその変化に気がつかず、また、その輝かしい彼女の姿にも気がつくことはなかった。
しかし、僕だけは彼女の変化と彼女の真価に気がついた。僕は彼女を独占することができる。そう思ったのが故意的な出会いに繋がる。
彼女と席が隣になった時、わざと彼女の机の下に消しゴムを転がした。あたかも落としてしまったように「あっ」と声を出すと、彼女はそれに気がつく。僕は申し訳なさそうな顔で「すみません、拾ってくれませんか?」と言った。彼女は声を出さず頷き、ぎこちない動作で消しゴムを拾ってくれた。その時、消しゴムを探す彼女の髪が垂れ、初めてうなじを見た。
その日の昼食時間にお礼という名目で彼女がいつも飲んでいるミルクティーをあげた。流れで一緒にご飯を食べ、いろいろ話した。彼女は最初こそおどおどしていたけれど、とても聞き上手で、僕自身のことを予定以上に喋ってしまった。逆に、彼女のことはあまり聞けないまま昼食時間が終わった。終わる間際に「明日も一緒に食べないか」と誘うと嬉しそうに「いいよ」と答えてくれた。笑った時に目が細くなるのが印象的だった。
何度目かの昼食の時、僕は彼女に好きな人の話を振った。すると彼女は恥ずかしそうな顔をして、目を逸らした。彼女は自分の立場をよく理解しているらしく、好きな人はいるが、その人が自分のことを気にも留めていない様子であると語った。なんでも、彼のために髪も切って眼鏡からコンタクトに変えて話しかけたが、無視されたそうだ。
彼女は苦笑いして「私みたいな人に好かれても困るだけだよね……でも、それでも諦められなかった」と言った。僕はその苦笑いの裏に潜む失恋の傷が重傷であることを願う。こんな最低なことを思う僕の弁当から豆しばが現れたら何と喋るだろうか。
――長い沈黙の間、様々なことを考えた。確かに、失恋した彼女は美しい。ただ、彼女の言葉が存外胸に刺さったのだ。彼女が一途であるという事実が、僕の独占欲を煽る。彼女は僕に依存してくれるだろうか。不安で不安で仕方がない。焦りは急加速する。
「俺は君のことが好きだ」
「え? えっと……」
「だから付き合ってほしい」
「ごめんなさい……その気持ちには応えられない」
心のどこかで彼女は僕と同じ孤独な人間だと勘違いをしていた。僕と違い、彼女は現実から逃げずに生きていたのだ。
本当に壊れていたのは僕だった。彼女に依存してほしかったのではなく、僕が依存したかったのだ。前の好きな人を忘れるために。
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