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壁画の男の眼差し
先日の発見は俺一人じゃ手に余るものだったから、結局街の学術機関の知人に預ける形となってしまった。
「悪いな。現地に行く時は同伴するよ」
「いや、むしろこんな素晴らしい発見を真先に僕らの所に持ち込んで貰えて光栄だね」
「じゃあ、今日はこれで」
「ああ、お疲れ様」
見知った顔に託けて、アカデミーの正面玄関から出て行こうとすると
「トレジャーハンターの見つけた遺跡なんて、めぼしい物は全部盗られてるんじゃないか?」
「おおかた、持て余すうえに金にならないものだけ此処に寄越したんだろうよ」
なんていう陰口が聞こえて来る。俺がいるのを知っていてあのトーンで話すのだから、毎度のことながら恐れ入る。相棒のクォーネは家に置いてきておいてよかった。あいつなら怒って怒って口から火でも吐いたりしたら、多分おれは此処に出入り禁止になってしまう。
「トレジャーハンター如きに負ける研究機関っていうのも問題ありじゃないですかね?」
嫌味だけを放り投げてとっととズラかる。逃げ足だけは昔から早いのだ。
「それにしても、あれは見事だったな。記憶を頼りにしてもスケッチに描き足せそうだよ」
アカデミーを出てから街を歩きながら一人呟く。帰りは屋台に寄って、夕食を買って帰らなければ。先日は遺跡発見の御褒美に豪華なテールスープを用意してやったからクォーネはご満悦気味だったが、俺の財布は寂しくなった。しばらくは節約しないと。
塩パンと干し肉を買って家に帰ると、クォーネがベッドで体を丸めて眠っていた。
「ただいま。なんだ寝てるのか」
ドラゴンのクォーネは中々人を信用しないらしく、人がいる場所でこんな風に寝ることは珍しいことだとドラゴン研究の人に会ったときに話したら驚かれた。まあ、俺とコイツは出会いから強烈でしたから、特殊ケースかもしれません。と笑ったのが懐かしい。俺とクォーネは出会ったのは古都遺跡だった。それも崩壊中の。
「脆いとは聞いてたけど、崩れるとは聞いてなかったな…」
飛び石を跨ぐように全力でジャンプしてなんとか大地に根の張った大木の枝まで辿り着けた時は冷や汗が出た。
「いや、でもなんとか助かっ」
「ギィヤァァァッ!!」
「ったーっ!?」
枝の中心部に行って重心の安定を図ろうとしたら、先客がいたらしく、それがクォーネだった。飛び退いた俺の脚元からボキッと嫌な音がする。マズイ。このままでは枝ごと落ちる。地面まで数十mはあるだろう。危険すぎる。とっさに俺はもっと頑丈な幹に抱きつくように移動した。先客のドラゴンは空も飛べるだろうし、大丈夫だろうと思って。幹を伝って地面に降りようとする俺の頭上から
「キュォーン」
とドラゴンの悲鳴が聞こえてきた。気になったけれど、戻って助ける義理はないし、ドラゴンなんて危険な生き物だからあまり関わらない方がいいと聞く。でもその悲痛な叫びが耳に離れなくて
「あぁっ!もうっ!」
俺は半分キレながら、降りてきた樹を再度登って、傾き始めた幹へと戻った。
「おい!お前飛べるんじゃないのか?」
「キュォーン」
「鳴いてたってわかんねぇよ!」
ドラゴンと成り立っているかどうかわからない会話をしていて俺は気づいた。ドラゴンの爪が古い木の蔦に絡みついていること。標準を知らないけれど、どこか痩せたように見える体つき。もしかしてこいつは、此処から自力で動けないのか?火を吐く筈だから、それで樹ごと燃やせば自分は逃げれるだろうに…ええい、考えてる時間がもったいない!俺は折れ始めている幹の上を走って、ドラゴンの爪に絡んだ蔦をサバイバルナイフで斬り刻んだ。爬虫類の皮膚は得意じゃなかったけど、間違って傷つけてしまわないようにドラゴンの足を掴んで、自分の手が傷つくのは気にせずにナイフをめちゃくちゃに動かした。俺がこれで負う怪我は、せいぜい数日で治るものだけど、もしもこいつが怪我をしたら、もしかしたらどうなるのか想像することもできなかったから。
蔦はかなり繁っていて、全部切るのに十秒ちょっとかかったと思う。その間も折れた枝は傾き続けているので、俺には凄まじく長い時間に感じたけれど。なんとか全て蔦を切って、ドラゴンを脇に抱えて幹に再度飛び乗ろうと跳躍した直後、俺たちの出会った枝はバサバサと音を立てて地面へと落ちて行った。
「危ねえな、お前。火を吐くって聞いたぞ?なんで樹を燃やして逃げなかったんだ?何日も絡まってたんじゃないのか?」
「キュォ…」
「…まさか自分の都合で樹を燃やしたくなかったとか?此処は古都遺跡でもあるわけだし?」
「キュゥ」
「まさかな…ドラゴンがそんなこと。って、お前俺の言葉わかるのかよ!?」
「キュォーン!」
そう言って俺の脇から飛び出して大きな丸印を描いて飛んだそいつに見惚れて
「マジか、ハハッ。あっ」
笑った瞬間に力が抜けて俺は幹から落ちた。
ドスンっと心地よいとは言えない感触が背中全体を覆って、何かに着地したのがわかった。しかし地面にしては早すぎるし、なんだか骨張っている。骨…?ガバっと起き上がり下を見ると、巨大になったドラゴンが俺を乗せて飛んでいた。
「え?なにお前。あいつの親とか?恩返し?」
「グォオオオオン」
「…声デケェ…いい、答えないで。後であいつに聞くよ」
「グゥウウルル」
なんてことだ。生まれて初めて俺は空を飛んでいる。しかもドラゴンに乗って。いや、ドラゴン使いなんて言われる人たちもいるくらいだし、かつては幻獣と呼ばれた生き物も、殆どがその存在が確認された今ではドラゴンは別に珍しくはないけれど、一般的に気難しい部類に入る彼らと心を通じさせられる人間は少ないと聞くし、なぜ俺がそんな生き物の背に乗せて貰っているのか。見に覚えはたった今の小さいドラゴンを助けたことくらいだが、急展開過ぎてついていけない。
やがてドラゴンは広い平地に俺を乗せたまま着地した。怒らないかビクビクしながら翼の付け根を掴んで梯子代わりにして降りたけど、唸られたりしなかった。よかった。
「ありがとうな」
降りてから礼を言うと、もう俺を乗せたデカいドラゴンはいなかった。代わりにさっき助けた小さいのが俺の顔の真前で飛んでいる。
「は?」
驚く俺の目の前でそいつは少しずつ大きくなり始めたので
「OK。理解した。そのままでいい。デカいと怖い」
と矢継ぎ早に伝えると、最初に出会った時のサイズにそいつは戻ってくれた。
「懐かしいな、クォーネ。俺とお前が出会ったの何年前だっけ?お前ドンドンデカくなったりしたらどうしようと心配したけど、小さくなれるなんて羨ましいし、ありがたいよ」
小さく燃える暖炉の前に香辛料をかけた干し肉をぶら下げて、塩パンを暖めて夕食の準備をしながらクォーネとの思い出を振り返ってみる。しかし当人は相変わらず眠りの中にいるのだけど。
「それにしても…この前見つけたあの絵はなんだったんだろうな。アカデミーの奴に話しちゃったから、もう俺が独自で調査することはできないし。まあスケッチ描いて来たのはあるけど」
そう言ってあの日描いたスケッチを捲る。
玉座に座る男は真っ直ぐと前を見据えていて、自身の手にぶら下げた鳥籠になど見向きもしていないように見えるのに気づいた。そして籠を持っていない方の手が玉座の肘掛にあるかと思いきや、傍で寛ぐドラゴンの頭の上に乗せられていることにもスケッチをしながら気づいていた。
「こいつは一体誰なんだろうな…なにを見てるんだろう。こんなに精密に人類史が描かれた鳥には見向きもしないで、前だけ見て…やっぱ宗教的な意味合いが大きいのかなぁ…何か導く?それとも…」
ぶつぶつと呟きながら穴が開く程スケッチを見つめる。絵の中のドラゴンと、彼の自宅のベッドの上で眠るドラゴンが同じポーズで寝る癖があることには彼はまだ気づいていない。室内には干し肉と香辛料のいい匂いが立ち込め始めていた。
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