古代文明の壁画

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古代文明の壁画

「すごいな…地層から見ても百億年は経っていそうだ」 パラパラと落ちてくる土と砂の欠片から目を守るように掌を額に翳し呟いた。 「お手柄だぞ、お前」 この宝を発見したのは単に全てこいつのおかげ。俺の相棒のドラゴンの気まぐれな一撃である。考古学の虜になって歴史のロマンを追い求め始めて十年。周囲は俺をトレジャーハンターなんて呼ぶが、荒らすつもり等毛頭ない。俺は秘められた言葉を知りたいだけだ。そうすることで、いま当たり前のものが何処から来たのか分かって、今よりもそれらを大事にできるような気がして。 褒められたのがわかったのか、獰猛そうな牙のついた顔を俺の胸元に持ってきて撫でられるのを待っている相棒をガシガシと撫でながら考察する。これは多分、俺たちの文明よりもずっと前に滅びた時代のものだ。戦争に明け暮れた人類が、何度も猿からやり直していくうちに、その勢力を狭めていき、やがて御伽噺と信じていた生物たちと共生するようになった現在よりも、ずっと昔の思想を記録した遺跡。 「少し小さくなれよ。一緒に戦利品の見物と行こう」 そう声をかけるとクォーネは縮んで、俺の肩に乗るサイズにまでなった。彼らは簡単に体の大きさを変えることができる。そのため永いこと人類の決定的な目を逃れ何百億年も、この地球で暮らしえたのだろう。彼らを受け入れる余裕を持たない、俺たちの何世代も前の人間たちの目を掻い潜って。 クォーネの吐息でカンテラに火を入れて貰い、丘の中の手彫りの洞窟を進む。靴の音があまり響かない洞窟遺跡を入口から百m程歩いた頃、それは突然姿を現した。 「これは…神話か何かがモチーフか?」 幾何学模様の縁で、壁一面をキャンバスにして数m四方の正方形が削り出され、玉座のような椅子と、腰掛けた男の全身像。傍にはドラゴンに似た生き物が翼を畳んで寛いでいる。男は手に巨大な鳥籠を持ち、その中に細かな装飾が施された鳥が描かれている。 「王を神に見立てたのか?」 「キュォーンッ」 俺の推論に相棒が水を差す。 「なんだクォーネ?違うって?」 仕方ないなと相棒のご意見を伺うと、クォーネは籠の鳥をじっと見つめていた。 「鳥に何かあるのか?」 見れば見るほどに細かな装飾だ。いや、装飾というには過剰かもしれない。文字?…違う。鳥の模様は装飾ではない。中に更に細かな壁画が描かれている。壁に触れて崩さないように慎重になりながら、カンテラを近づけて照らす。鳥の羽に見えていたのは、かつての人間の歴史であった。生い茂る森に狩りをする人が現れ、農園ができ、支配する者とされる者が現れる。そして戦争。野が焼け、街が焼け灰になる。その底からまた新たに街が生まれ、そしてまた焼ける…一羽の鳥だと見過ごしていた中には、壮大なレリーフが刻まれていた。羽に擬態した人間の、哀しい性である。では、それを籠に閉じ込めて、見据える男は? 「宗教画?いや…創造か…?」 かつての人類の中にクォーネのようなドラゴンと通い合うことができた者がいて、そんな人間が、全てを支配しているという幻想?人類の歴史を羽に刻まれた鳥をカゴに入れている男は善なる神として描かれたのか、それとも悪として受け入れられたのか。 「スケッチして、今日はもう帰ろう。俺だけでは手に余るものを見つけてしまった」 フリーランスでやっている俺だが、ツテが無いわけじゃない。戻ったら学術機関の仲間に声をかけて、後日再び訪れることにしよう。 クォーネに肩から降りてもらって、スケッチブックに模写を始める。相棒は俺の肩の高さで羽ばたいたまま、例の鳥から目を離そうとしない。 「何世代か前の人類の時は酷かったらしいものな。造っては破壊の繰り返しで、登り詰めたと思い上がった者たちだけで世界をゲームみたいに動かしてたそうじゃないか。クォーネ、お前もしかしてその頃から生きてて、何か思い出でもあるのか?」 「…」 「覚えてるなら、その男は誰なんだ?教えてくれよ」 スケッチを続けながら取り留めのない会話をできるのも相棒がいる利点だ。ましてやその相棒が自分よりずっと強くて、長命で、博識なのだから。 「この男の横にもドラゴンがいるな。安心してるんだ。羽を畳んで眠たげな顔してる。家に返った時のお前に少し似てるな」 「キュォンッ」 「…ごめんな、俺にお前の言葉が分かればいいのに。お前は俺なんかよりずっと物知りなのにな。俺たち人類は進化なんてきっとできなかったんだ…生きることに進化が必要じゃなかったんだな。道具を使うようになって、道具を進化させるばかりだった。自分たちを護るものを守って、自分を守っていなかったのかもしれないな」 「…」 「帰ろうか。また近いうち来よう。今日は此処を見つけてくれたお礼にお前の好きなテールスープにしてやるよ」 「キュオィッ!」 砂に埋もれるような足音と共にカンテラの光が遠ざかって行けば、壁画の男も鳥籠も、また暗闇の中へと帰って行った。
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