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目が覚めるとぼやけた視界に白い天井、そして男と幼い女の子の顔があった。
「ママ、良かった。元気になったのねぇ。」
女の子が舌足らずに話しかけながら私に頬ずりをしてくる。
ーママ? どういうことだ?
「…心配したよ。強く頭を打ったみたいで昨日、君は丸一日寝ていたんだよ」
男も口を開く。愛おしそうに私の髪を撫で額にキスをする。
「誰なの…?」
もっとしっかりと考え、意見がまとまってから話すつもりだったのに、つい口から素直な疑問がこぼれてしまった。
口に出したことを後悔した。男と女の子の表情からさっきまであった安堵が消え、不安さだけを帯びたものになったから。
「エリー、今は頭を打ったばかりで意識が混濁しているんだよね。大丈夫、明日にはまたお医者様に来て看てもらうつもりだから。
それと安心して。僕達は家族だから。エリー、君は僕の妻でこの子、アンナの母親だよ。」
なるほど、びっくりするくらい何もわからない。しかし、アンナという女の子の不安げに潤んだブラウンの瞳だけはなぜか見覚えがあり、やはり私はこの子の母親なんだと悟った。
目が覚めるともう太陽が高い所まで登っていた。
「ママ、おはよう!」
アンナの元気な声で一気に目が冴えてきた。
「エリー、おはよう。よく眠れたみたいで何よりだよ。ところでどうだい、少しは思い出してきたかい?」
私の夫だという男、ジョンが話しかけてくる。
「よく眠れたわ、ありがとう。でもごめんなさい、全く思い出せないの… ただね、アンナのブラウンの目ははっきりと覚えているわ。だから私たちが家族だということははっきりと自覚したわ。」
「そうか、それは何よりだ。 昨日言っていたように、今日にでもお医者様に看てもらうつもりだったんだが、生憎、彼らも戦争に行くので忙しいらしい。僕が招集される日も遠くないと思うと不安でたまらないよ。」
「戦争…?」
「ねえパパ、戦争って怖いんでしょ!行っちゃやーよ、行っちゃやーよ!」
「エリーもすぐにわかるだろうけど今この国は戦争の真っ只中さ。革細工職人の僕にもいつか召集令が出されるんじゃないかと毎日ヒヤヒヤしてるよ。」
「そうなの…」
「だからね、君には僕が戦地に赴く前にちゃんと思い出してもらわないとね。思い出すまでは僕だっておちおち戦ってられないよ。」
ジョンは軽く笑いとばす。しかし私は笑えなかった。彼の瞳がそれを許さないかのような真剣さを携えていたから。
「焦らすつもりはないから、ゆっくり思い出していけばいいよ。」
「ママはね、すごく優しい自慢のママなの。早く思い出してね!」
2人に笑顔を向けられ、思い出せないことにやるせなさを感じながら力なく微笑み返した。
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