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九鬼三兄弟
百瀬禄郎は息も絶え絶えに山道を歩いていた。
今年の春に大学を卒業したばかりの新しい編集者の原田公太の提案で、Y県にある湖畔のホテルに向かっていたが、
彼の「せっかくだから頂上から見下ろしましょう」の一言で有無も言わさずタクシーを下ろされ小高い丘の頂上を目指していたのだ。
「原田くん、少し休もうよ」
百瀬のへたりこむ姿に原田は小太りの体型を揺らしながら近づくと
「先生、早くしないと日が暮れてしまいますよ!」
「先生はよしてくれよ、僕は穴埋め要因の売れないホラー作家で、お情けで契約してもらってるにすぎないし、それに普段、部屋に引きこもってる僕には重労働すぎるよ…来たくなかったのを無理に君が連れて来たんだから、少し休むくらいかまわないだろ」
「そんな意識だからダメなんですよ!僕が担当編集者になったんですから、先生を人気作家にさせますよ」
百瀬は、この空気を読まない新人編集者に弱り顔をみせ、タメ息をついた。
「でもね原田くん…君の提案で無理矢理きたけど…この場所には無いと思うよ」
「いいえあります。先生が探してる野村某の絵本は」
「野々宮清順なんだけど…それに僕は彼の事は書かないよ。あれは個人的な趣味みたいなもんだからさ」
「いや書いてもらいます!先生に聞かされた、その素人作家の書いた絵本がある場所には殺人事件が起こる…私はピーンと来ましたよ。売れる確信がね!」
原田の興奮する顔に、苦笑いを浮かべ
「うーん、でも、こんな場所には無いと思うがね…絵本の物語に符号するような物が何もないよ」
「いやあります!実は、ここには鬼が住むと言われているんですよ」
「鬼がねぇ」
「ほら見えて来ましたよ…鬼哭湖が…場所によっては色が変わったように見えるらしいですよ」
「へー」
「そして、この湖は鬼の泣いた涙で出来たとも言われてるんです。」
「だから鬼哭湖か…そして直ぐ側の、あのレンガ作りのホテルが、今から行く場所かい?ずいぶんメルヘンな作りだが」
百瀬が腰を手に、湖のほとりにあるホテルに視線を注ぐなか
「そうです、さあ行きますよ」
そうゆうと原田は急かすように小走りで丘を降りいく
百瀬は、また深いタメ息を吐くと、ヨロヨロとその後に続いた
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