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第6話 予期せぬ客
そうしてパーティーが盛り上がっている最中、深雪の腕輪に着信が入った。確認すると待ちわびていた火澄からの連絡で、もう近くまで来ているという。一旦、通信を切った深雪は流星に声をかける。
「火澄ちゃん、近くまで来てるって。俺、迎えに行ってくる」
「おっす、りょーかい」
「シロも一緒に行く!」
「いいよ、近くだから俺一人でも大丈夫」
そう言い残して、深雪は一人で事務所を飛び出したのだった。
十分ほど歩くと待ち合わせの場所、大通りのハンバーガー店の前に到着した。そこは人通りが多く、店も繁盛していて、客足も多い。だから素行の悪い連中に絡まれることもないだろうと考えたのだ。
いつも賑わっているハンバーガー店の前には、火澄が先に来て深雪を待っていた。火澄は英語のロゴが入った淡いピンクのトレーナーにデニムのミニスカート、その下に七分丈のレギンスという格好だ。
ピンクのトレーナーは袖が長く、火澄の手の平をほとんど覆い隠していた。火澄の腕には深雪の腕にあるのと同じ、赤い痣がある。彼女の父親である火矛威は腕の痣を他人に見せるなと厳しく教え込んでいたらしく、火澄はその言いつけを真面目に守っているのだろう。
「火澄ちゃん!」
「雨宮さん……」
深雪が道路を横切って火澄の元に駆け寄ると、火澄は「ふふ」と少しだけ笑った。
「雨宮さん、炭の匂いがする」
「え、ホント? マジ?」
店先はハンバーガーの匂いもするのに、それでも炭の臭いを嗅ぎ分けられるなんて余程だ。深雪も自分の腕のあたりを嗅いでみたところ、確かに煙っぽい。こんなに匂うとは気づかなかった。でも火澄が笑顔を見せてくれたので、まあ良いかと思う。
彼女の笑顔を目にしたのは、火矛威が倒れて以来、本当に久しぶりだ。
「もしかして……火矛威のところに行ってたの?」
火澄が遅れた理由はそれしか考えられない。すると火澄は「うん」と小さく頷いた。
「一日に一度は顔を見ておかないと心配だから……」
「火矛威……早く目を覚ますといいな」
「うん……」
「それじゃあ、行こうか」
火澄と連れ立って東雲探偵事務所へと歩く道中、深雪は火澄にバーベキューの様子を話して聞かせた。少しでも火澄に興味を持って欲しかったからだ。
病室で話しかけた時にはどこか上の空だった火澄も、今は深雪の会話に反応してくれる。荒俣にバーベキューコンロ作りを手伝ってもらったエピソードを話すと、火澄は目を丸くした。
「……バーベキューコンロをわざわざ作ったんですか?」
「《壁》の外から取り寄せるのは時間がかかるみたいでさ。肉は俊哉がすごく良い肉を用意してくれたし、神狼も野菜を差し入れてくれて、予定よりはずっと豪華だよ。パーティーを企画したのは俺たちだけど、無事に開催までこぎ着けたのは、みんなが力を貸してくれたおかげだ」
「何だか、すごく雨宮さんらしいですね」
そう言って火澄はふわりとほほ笑む。
「雨宮さんは、お父さんを一生懸命、助けようとしてくれた。今もあたしのことをすごく心配してくれてる……。だからみんなも、雨宮さんに力を貸してあげたいって思ったんじゃないかな?」
そう言われると何だか照れくさい。深雪としては、その時々で何とかしようと全力を尽くしただけだ。もちろん上手くいかなかったこともあるし、救えなかった命もある。
けれど自分が誰かの力になれたのだと思うと―――それを火澄の口から告げられると、今までしてきたことは決して無駄ではないのだと、温かな実感がこみ上げてくる。
大通りをしばらく歩いていた深雪と火澄だが、近道をしようと脇の小道に入る。ところがその行く手を、何か言い争い、揉めている一団が遮っていた。原因は分からないが、大勢のチンピラが二人の若者を取り囲んでいるようだ。
「何だあれ……? 喧嘩かな」
深雪が足を止めて声を潜めると、火澄も少し迷惑そうな顔をして続けた。
「喧嘩っていうよりカツアゲみたい……」
「確かに……」
最初は遠回りしてでも迂回すべきかと思ったが、一方的な暴力が加えられるようなら、止めに入った方がいいかもしれない。もしアニムスを使った喧嘩にでもなれば大事になるし、その時点で深雪たちにも出動がかかり、バーベキューパーティーは終了だ。
大勢に囲まれた男二人の顔をじっくりと観察した深雪は「ん……!?」と眉をひそめた。
(あれ……? どっかで見た顔なんだけど……)
二人のうち片方は金髪をヘアワックスでストリート風に逆立て、服装はミリタリージャケットに白いロングTシャツ、その下にジョッパーズパンツという組み合わせだ。
もう一人の男は黒髪で、Gジャンの下に灰色と白のカットソーを重ね着し、スリムパンツを履いている。
金髪の青年は威風堂々とした態度のせいか、やたらと目を惹く。対する黒髪の青年はこれと言った特徴が無く、まるで影のようだ。
つい数か月前、似たような二人組と、どこかで出会わなかっただろうか。
それも《中立地帯》ではなく、《東京中華街》で。
「……ああっ‼」
「あ、雨宮さん?」
突然の大声に火澄が隣でびっくりするが、深雪はそれどころではない。
(あれは《レッド=ドラゴン》の黄家の次期当主……雷龍と従者の影剣じゃないか‼)
いつものチャイナ服ではないから、すぐに思い出せなかった。服装も髪型もストリートの若者らしく変装し、一見すると《中立地帯》のゴーストのようだが、微妙に違和感がある。不良になろうとして、なり切れていない感が溢れ出ているのだ。
「……もう一度言うぞ。死にたくなければ、ここを立ち去れ」
大勢に囲まれても顔色ひとつ変えることなく、悠然と言い放つ雷龍に対し、《中立地帯》のゴースト達は肩をいからせ、あごを突き出す。
「あ? てめえ何言ってんだ、ナメてんのか!?」
「立ち去るのはてめえらだ」
「もちろん肝心のモノは置いていってもらうがなあ!」
そう言って男たちはゲラゲラと笑う。彼らが笑うのは自分たちの優位を見せつけるためだが、重低音の笑い声はそれだけで威圧にもなり得る。
「こいつら……‼」
影剣は主である雷龍を守るべく前へ進み出ると、ゴロツキたちを睨みつけた。すると男たちはバキバキと両手の関節を鳴らしながら脅しにかかる。
「いい服着てんじゃねーか、お坊ちゃんよ」
「痛い目に遭いたくなかったらジャンプしてみろよ!」
「チャリン、チャリーンってな!」
それを聞いた影剣は馬鹿にしたような視線を向ける。
「馬鹿め、誰が今どき硬貨など持ち歩くものか。支払いはカードか端末決済が常識だろう」
「何だと……!?」
「やんのか、ゴルァア!?」
ゴロツキ達は影剣のあからさまな挑発に激怒した。格下だと思っていた相手に鼻で笑われ、いたくプライドを傷つけられたのだろう。男たちの瞳に剣呑な光が宿る。
その時、影剣の後ろで成り行きを見つめていた雷龍が静かに口を開いた。
「もういい、影剣。こいつらは話が通じる相手じゃねえ、時間の無駄だ」
「雷様……!?」
「こんな連中の相手をするために《中立地帯》まで来たんじゃない。他人から小金を巻き上げて、日銭を稼ぐしか能の無い小物など、蹴散らしてやればいい」
雷龍は獅子のように吊り上がった瞳を挑発的に見開くと、その瞳孔の縁が鮮烈に赤く光る。
それには影剣も難色を示す。
「しかし雷様、ここは《中立地帯》なのです。雑魚ばかりとはいえ、ゴーストを刺激するのは得策とは思えないのですが……」
「安心しろ。要するに大怪我をさせなければ良いのだろう?」
雷龍はあくまで強気だ。彼の持つアニムスの威力を考えれば当然なのだが、
雷龍の恐ろしさを預かり知らぬゴロツキたちは一斉に殺気立った。
「おい、てめえら……さっきから黙って聞いてりゃコケにしやがって!」
「チョーシこいてんじゃねーぞ‼」
四方八方から罵声を浴びせられ、雷龍は怯むどころか、ますます好戦的な気配を放つ。
「最後にもう一度言うぞ……行っちまえよ、雑魚ども。ここで消し炭と化して死にたくなければな……‼」
雷龍が金色の双眸をかっと見開いたかと思うと、逆立てた金髪がチリチリと帯電する。その刹那、紅い閃光がスパークとなって迸った。赤雷が瞬くたびに空間が軋みを上げ、轟音をたてる。
「な……何だこいつ、雷系のアニムスか……?」
「ただの雷じゃない! 赤い雷……!?」
影剣は男たちを睨んだまま、冷徹に付け加える。
「……雷様のアニムス・《レッド・スプライト》は紅蓮の雷だ。通常の雷の何倍もの電圧と電流量、そして並外れた破壊力を持ち合わせる。現段階で発見されている雷系のアニムスで、最も高い攻撃力を誇るものだ」
赤雷に触れたコンクリートの電柱やブロック塀は瞬く間に粉砕され、消し炭となってしまった。ただ事ではない光景にゴロツキ達も怯み、じりじりと後退する。
「な……!? こいつゴーストか……!?」
「ただの迷い込んだ観光客じゃなかったのか!」
さすがのゴロツキ達も喧嘩を売る相手を間違えたことに気付くが、もう遅い。だが、雷龍は一切の手加減を加えるつもりがないらしく、荒々しい笑みを鋭利な犬歯の覗く口元に浮かべる。
「この俺に喧嘩を売ったことを後悔するがいい!」
ゴロツキ達は脅えるものの、今さら引っ込みがつかないのだろう。面目を失ってたまるかという意地だけで雷龍と対峙している。
「この野郎……!」
「や、やれるもんならやってみやがれ‼」
なかなか逃げ出さない男たちに苛立って、雷龍の全身はますます帯電し、紅い電雷を放つ。
まさに一触即発だ。
(ま……まずい……! このままだとドンパチ始まってしまう!)
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