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その頃、マリアは地下の壁を覆うモニターをいらいらと見つめていた。それらは事務所の監視カメラの映像で、もちろんみなが集まっている屋上の映像もある。深雪が何かやらかさないか、しっかりと見張るためだ。
「……フーンだ。みんなのん気なんだから。深雪っちに感化されちゃってバッカじゃないの!? あたしは絶対……ずえーーーったい行かないんだから‼」
椅子の背にもたれて映像を睨みつける間も、文句がぶつぶつと漏れる。事務所の屋上をバーベキュー場にしてしまった深雪も許せないが、流星を含め、あろうことか六道まで深雪を野放しにし、好き放題にのさばらせている。それを考えるとマリアは腸が煮えくり返って仕方がない。
(この事務所の治安を守れるのは、もはやあたし意外にいないのよ‼)
ところがその時、地下室の電気が一斉に消えて真っ暗になってしまう。照明はもちろん、パソコンや外付けハードディスクといった電子機器の電源も一瞬にして落ちてしまった。
「な、何? ちょっとやだ停電!?」
跳び上がった拍子に、危うく椅子から転げ落ちそうになる。マリアは足が上手く動かないから、バランスを崩したらひとたまりもない。何とかパソコン台にしがみつき、体勢を維持していると、地下室の電源はすぐに非常用電源に移行した。
ファイルやプログラムは常にバックアップを取ってあるし、マリアの使用しているOSは耐久性に優れているので、急に電源が落ちたくらいで故障したりしない。しばらくしたら、復旧するだろう。
ほっと息をついたのも束の間、入口のエレベーターが手動に切り替わり、勝手に動いているではないか。それに気づいたマリアはぎょっとする。
「ちょ……何でエレベーターが勝手に動いてるのよ!?」
やがてチンという音とともに深雪と奈落が地下室に姿を現した。
「いたか、引きこもり」
「や……やあ。久しぶりだね、マリア」
「な……奈落? 深雪っち!? 何であんた達がここにいるのよ!?」
マリアは反対側に大きく仰け反った。電脳空間では無双状態のマリアだが、現実世界ではほぼ無力だ。思わずパソコンのキーボードに手が伸びるものの、先ほど強制的に電源を切られたせいか、すぐには起動しない。
それを知ってか知らずか、奈落はふてぶてしく隻眼を細める。
「簡単だ。シロにブレーカーを落とさせた」
「そしたらエレベーターは非常時モードになって、一時的に手動に切り替わる。それを利用したんだよ」
「そんなこと言われなくても分かってるわよ! ここはあたしの部屋よ!? いったい何の権限があって勝手に入って来たのよ‼」
マリアは人差し指を突きつけるものの、深雪は平然としているし、奈落もフンと鼻で笑うばかりだ。
「権限なんざ知るか、そんなもん。それより自分の心配をしたらどうなんだ?」
「ど、どういう意味よ!?」
「お得意の電脳空間も復旧までには時間がかかる。つまり、今のお前は無力で丸腰ってことだ」
悔しいが奈落の言う通りだ。マリアのアニムス、《ドッペルゲンガー》の特性を鑑みても、電脳空間にアクセスできないマリアは何もできないただの引きこもりだ。足が動かないので抵抗する術すらない。マリアはぎりりと唇を噛む。
「な……何するつもり……? あたしをどうするのよ……!?」
すると奈落は悪役さながらの凶悪な笑みを浮かべる。
「さあ? ……どうしてやろうか?」
「奈落、暴力は駄目だよ」
そう言う深雪も「小雨が降るから傘でも差したら?」という軽い口調で、緊張感など微塵もない。
―――ふざけんな! お前ら、わざと煽ってるだろ!
もう少しで口を突いて出そうだった悪態は結局、発することはなかった。奈落がマリアにずかずかと歩み寄ってきたからだ。
「ちょっ……な、何……!? どぅええぇぇぇぇぇっっ!?!?」
奈落は極悪面でニヤリと笑うと、マリアの身体を軽々と持ち上げて肩のところで抱えた。いわゆる俵担ぎだ。
突然のことにマリアは恐慌状態に陥った。視線がべらぼうに高い。足の悪いマリアは、いつも視点が座高の高さだから、あり得ない高さだ。
マリアは奈落の背中で両手を振り回し、力の限りジタバタと暴れ回る。
「ぎゃ――っっ‼ ちょっと何すんのよ! 離しなさいよー‼ ふざっけんな脳筋! 降ろせ―――ッッ‼」
だが、軍人ばりに鍛えられた奈落の筋肉に痩せ細ったマリアが敵うはずもない。奈落はマリアの腰をがっちりと押さえたまま、悪態などどこ吹く風で、深雪にてきぱきと指示を飛ばす。
「おい、車椅子。それからそこの上着もだ」
「ラジャー!」
深雪はパソコン台の下を覗き込むと、その奥に折り畳まれた車椅子を見つけた。それを引っ張り出すと、マリアを担いだ奈落とともにエレベーターに向かう。
その間もマリアはギャーギャーと毒舌の限りを叫ぶ。
「いいから、とっとと降ろしてよ! どこに連れて行くつもりなのよ!? この人さらい! 変態! 誘拐魔ー! このっこのっ! 中二病全開眼帯ヤロ―――‼」
ありったけの罵詈雑言を吐きながら、マリアは奈落の背中を殴り続ける。ところが悲しいかな。マリアの細い腕では奈落の分厚い背中にダメージは与えられない。おまけに奈落は、やたらと悠長な声でマリアに告げる。
「どうでもいいが、あまり暴れると後頭部打つぞ」
「―――みぎゃっっ‼‼‼」
「ほうらな」
奈落の忠告通り、マリアはエレベーターの扉の上枠で、したたかに後頭部を打ってしまう。前を向いている奈落とは逆に、後ろを向いているマリアは、上がり框があることを失念していた。
おまけにマリアの頭は、ただでさえ長身の奈落よりも上にあるので、まさに直撃だ。
「ぐおおおおお~~~……‼‼」
目からチカチカとお星さまが飛び出て、ヒヨコが頭上を駆けっこするような、とんでもない衝撃に、マリアは後頭部を抑えたまま悶絶するしかない。
「い……痛そー……」
深雪の苦笑交じりの感想は、相変わらずどこか他人事で、腹が立つくらい緊張感が皆無だ。
だが、頭上にお星さまとヒヨコが元気に飛び回るマリアは、深雪に噛みつくこともできず、ぐったりと奈落に担がれてエレベーターに運ばれるのだった。
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