第4話 バーベキュー当日

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 深雪は車椅子とマリアの上着、奈落はマリア本体を担いでエレベーターに乗り込む。そして事務所の一階に到着すると、キッチンからシロが顔を出した。 「ユキ、奈落、うまくいった?」 「とりあえずは作戦成功かな」  シロにはキッチンにあるブレイカーを合図して落としてもらったのだ。シロは「良かった」と笑うが、すぐに奈落の肩の上で後頭部を抑えているマリアに気づいた。 「マリア……? どうしたの? 大丈夫?」 「部屋の出口の上のとこで頭を打ったんだよ」 「引きこもりのくせに威勢よく暴れ回るからだ」  深雪と奈落が状況を説明すると、シロは同情するような目をマリアに向けた。 「頭にタンコブできてる……シロ、氷を取ってこようか?」  シロは氷嚢(ひょうのう)で後頭部を冷そうというのだろう。マリアはぐったりとして反応がないので、深雪が代わりに「お願いしてもいいかな?」と頼むと、シロは「うん!」と頷きキッチンに戻っていく。 「それにしても……災難だったね、マリア」  深雪が声をかけると、マリアは何やら怨霊のような物々(ものもの)しい返事を寄越す。 「災難……? 今、災難って言った?」 「え、うん」  マリアはがばっと頭を上げると、一気にまくし立てる。 「あたしにとっての災難は、あんたがこの事務所に入り込んだことよ‼ この超大型疫病神! それもこれも、ぜーんぶ深雪っちのせいだかんね‼」 「うるせえ、耳元でキャンキャン喚くんじゃねえ! 放り投げるぞ!」  奈落が顔をしかめて怒鳴るが、マリアもそれくらいでたじろぐようなタマではない。 「何よ! あんたこそ覚えてなさいよ!? 激ヤバ・コラ画像、一斉に拡散してやる! この《監獄都市》で一秒たりとも生きていけないようにしてやるんだから‼」 「分かった分かった……お前はいつもそれだな」  奈落は相手をするのが面倒臭くなったのか、投げやりに返事をし、マリアを担いだまま階段をのぼりはじめてしまった。 「奈落、大丈夫?」 「足元、気をつけてね」  車椅子を担いだ深雪と、キッチンから氷嚢(ひょうのう)を手に戻ってきたシロが、そのあとに続く。 「ちょっと、あんたたち聞いてんの!?」  なおも奈落の肩の上で怒りをぶちまけていたマリアだが、屋上が近づいてくると、とうとう観念して大人しくなった。  屋上に到着すると、深雪は畳んであった車椅子を開き、奈落がそこへマリアを降ろして座らせ、その肩に地下室から持ってきた上着をかける。  上着といってもウサギ柄の着物だ。何故かマリアは、その着物をいたく気に入っているようだ。  マリアはタンクトップにショートパンツという薄手の格好だし、それだけだと寒いかもしれない。深雪は気を利かせて「マリア、寒くない?」と尋ねたが、マリアはつーんとそっぽを向いてしまった。まったく可愛げがない。 「おー、来たか」  流星がマリアに声をかけると、オリヴィエもにっこりと笑いかける。 「こうして顔を合わせるのは実に久しぶりですね。マリア、元気にしていましたか?」  するとマリアは険悪な態度をコロッと豹変(ひょうへん)させ、猫なで声でオリヴィエに訴える。 「わーん、神父さま~! 脳筋と疫病神があたしを苛めるんですぅ~‼」 「それは可哀想に」 「ひどい言われようだなあ……」 「やはり途中で一回、ぶん投げておくべきだったな」  深雪と奈落は並んで半眼になり、突っこむが、マリアは何食わぬ顔だ。憎たらしいこと、この上ない。  ところがマリアにとって予想外の出来事が起きた。それを聞いたオリヴィエがこんこんと説教をはじめたのだ。 「ですがマリア……一日中、地下で過ごすのはあなたにとって、あまり良い事とは言えませんよ。たまには外に出て日の光を浴びなければ。この際ですから外出を習慣にし、運動を日課にしてみてはどうですか? 必要なら私が付き添います。狭い部屋の中で人の弱みを握ることのみ汲々(きゅうきゅう)としていると、ただでさえ歪んだ性格が、ますます歪んでしまいますよ?」  オリヴィエはすべて言い終わると、最後のトドメとばかりに、にーっこりと微笑んだ。その神々しさと慈愛の溢れる笑顔に、さすがのマリアも悪態を返すことができなかったようだ。 「お……おぉぅ……」と呻いたきり、真っ白になって黙り込んでしまった。 「さすがオリヴィエだね……」 「くくく、マリアにとっちゃ一番の薬だな」  深雪のそばで流星が肩を揺らす。流星はマリアのわがままの犠牲になっていただけに、優しい顔をして容赦のないオリヴィエにビシッとやり込められるマリアが痛快でならないらしい。  真っ白な灰になりかけたマリアは、はっと我を取り戻すと、今度は大袈裟(おおげさ)に仰け反って騒ぎはじめる。 「にぎゃああああっ! た、太陽が眩しぃぃー! 干からびるぅぅぅ……ガクッ‼」 「お前……どんだけ体力ねえんだ!? だからリハビリをしろってあれほど言っただろ!」  流星はマリアのあまりの体たらくにあきれ返る。マリアにリハビリをしろと常日頃から忠告しているから、それ見たことかと思っているのだろう。 「はい、マリア。パラソルだよー」  シロはマリアの面倒を見るのに慣れているのか、すぐにパラソルを持ってきた。おまけに後頭部を氷嚢で冷やしてあげたりと、至れり尽くせりだ。 「何だかまるで吸血鬼みたいですね……」  海も苦笑いを浮かべた。言われてみるとマリアの肌の白さは際立っているし、一年中、地下にこもって陽の光をまったく浴びないところなど、吸血鬼にそっくりだ。 (ちょっと強引だったけど……マリアはこうでもしないと外に出ないし、たまにはいいんじゃないかな? 俺たちも地下室で監視されるよりは、一緒にいるほうが気が楽だし)  マリアがどうして外に出たがらないのか理由は分からないが、せっかくだからパーティーに参加して欲しい。マリアにしてみればただの迷惑で、余計なお世話なのかもしれない。それでも『仕事』で利用し合うだけの関係は、深雪としては何だか悲しいと思うから。  そうこうする間に、バーベキューコンロの炭も温まってきたようだ。深雪たちが手に入れた炭は着火しにくいぶん、煙があまり出ないタイプらしい。だから火箸で突きながら、のんびり待つことにする。  しばらくすると屋上に神狼(シェンラン)がやってきた。神狼も紺地にシルバーの刺繍が入ったチャイナ服に、だぶっとした白いカンフーパンツという、いつもと違う格好だ。 「毎度どうモ。《龍々亭》だゾ」 「いらっしゃい、神狼。お疲れ!」 「こレ、頼まれていたものダ」  そう言って神狼は右手に提げていた大きなビニール袋を差し出してきた。深雪が受け取って中を覗くと、大皿に盛られた中華風のオードブルが顔を出した。  飲茶や餃子、点心をはじめとする数々の料理が美しく盛られている。パーティー用ということで量も多いが、色味も鮮やかで、皿の中心には花の形にカットした果物が据えてある。ラップで丁寧に包んであって、触れると少し暖かいから作り立てなのだろう。 「すごいな……!」 「美味しそう……すっごくいい匂い!」  ビニールの中を覗き込み、シロも嬉しそうな声を上げる。漂ってくる料理の匂いは暴力的で、にわかに空腹を覚えるほどだ。 「そうだろウ? 全部、鈴梅(リンメイ)婆ちゃんの手作りダ!」  神狼もどことなく得意げだ。神狼は料理が苦手だというが、それだけに鈴梅(リンメイ)の料理が自慢なのだろう。 「鈴華(リンファ)ちゃんは一緒じゃないの?」  深雪は鈴華も是非にと誘ったのだが、彼女の姿はない。 「俺も誘ったんだガ、今日は客が多くテ、店の方が忙しいンだ。鈴華ハ婆ちゃんを手伝ってル。誘ってくれタ気持ちだけデ嬉しいって言ってたゾ」 「それは残念だな……」 「気にするナ。鈴華ハ婆ちゃん思いだかラ、店ヲ放っておけないんダ。そうそウ、あト、生野菜ヲ少し持って来たゾ。玉ねぎとピーマン、とうもろこし……」 「えっ、とうもろこし!?」 「すごーい! シロたち探したけど見つからなかったんだよ!」  深雪とシロは歓声を上げながら神狼が提げていたもう一つのビニール袋を受け取った。中には小分けにされた野菜がたくさん入っている。しかも、どれもカット済みだ。鈴華の祖母、鈴梅(リンメイ)の計らいだろう。  これで東雲探偵事務所のメンバーは全員揃った。あとは《ニーズヘッグ》のメンバーや俊哉(としや)花凛(かりん)たちの到着を待つのみだ。
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