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火澄のことは気になるものの、参加者はおおむね揃ったことだし、火の加減もちょうどいい。俊哉が「そろそろ焼きはじめるか」と声をかけてきたので、深雪も「ああ、そうだな」と頷く。
バーベキューコンロごとに三つのグループに分かれると、トングで肉や野菜を網の上に乗せていく。
「いい肉だナ」
網の上に乗った大きな肉を目にし、神狼は目を瞠る。
「お、分かる?」
自慢の肉を褒められ、俊哉も嬉しそうだ。
それを聞いていた深雪は横から口を挟む。
「神狼は中華料理屋でバイトしているから、詳しいんだよ」
「《龍々亭》だろ? 知ってるよ。俺も何度か行ったことある。麻婆豆腐が美味かった」
「神狼は料理、苦手だけどなー」
「うっ……それを言うナ!」
そんな話をしていると、屋上はたちまち肉の焼ける匂いが漂いはじめた。肉が焼けて盛り上がっているのは《ニーズヘッグ》のちびっ子たちだ。
「おおー、肉だ!」
「にーく! にーく!」
「にーく! にーく‼」
「三人とも、はしゃがないの。亜希に言われたこと忘れたの?」
静紅が腰に両手を当てて怖い顔をするが、三人の興奮は冷めやらない。
「だってぇ」
「本物の肉なんて久しぶりなんだもーん!」
大はしゃぎするちびっ子たちの様子に、海がくすくす笑い声をあげる。大変な思いをして準備をしたイベントで、こんなに盛り上がってもらえると、喜びもひとしおだろう。深雪もその気持ちはよく分かる。
「みんな、いっぱい食べてね」
優しく声をかける海に、ゴンとタクミが親指を立ててニカッと笑う。
「ありがとな、きれーなねーちゃん!」
「今度、オレとデートしようぜ!」
「え……ええ!?」
お嬢様の海には想像すらしない言葉なのだろう。何と返事をしたら良いのか分からず、真っ赤になってあわあわとしている。
(あの悪ガキども……!)
深雪がフォローに入ろうとしたその時、静紅がすかさずゴンとタクミの脳天にリズム良く拳骨を落とす。
「あんたたち、人を困らせるんじゃないの!」
「イテッ!」
「いってえな! 静紅姉の鬼ババア‼」
「調子に乗り過ぎ!」
静紅もゴンとタクミの悪ふざけには慣れっこなのか、一瞬でちびっ子たちを黙らせてしまう。雷を落とされたゴンとタクミも頭を抑えつつ、悪態を返す元気はあるらしい。静紅はびっくりしている海に話しかける。
「ごめんね、琴原さん。あの子たちに悪気はないのよ」
「あ……いえ、海でいいです」
「うみ……?」
「私の名前、太平洋とかインド洋とかの『海』なんです」
「……ああ! 素敵な名前ね」
「ありがとうございます。字だけだと、男の子に間違われちゃうことも多いんですけどね」
今のところ海に緊張したところは見られない。《ニーズヘッグ》のアットホームな雰囲気のおかげで、寛いでいられるのだろう。深雪は少し安心してしまう。
海たちのやり取りを見ていた花凛と俊哉は顔を見合わせて笑った。
「ふふふ、あの小さい子たち、みんな元気だねえ」
「孤児院にいた頃を思い出すよな」
「もしかして二人とも幼馴染なの?」
静紅が会話の文脈から判断したのか、花凛に尋ねる。
「そうだよー。静紅さんと銀賀さんも?」
「私たちは、どっちかって言うと腐れ縁ね。やんなっちゃう」
「うるせー静紅! それはこっちのセリフだっつーの!」
花凛や海の前で静紅に腐れ縁呼ばわりされたのが恥ずかしいのか、銀賀は耳まで真っ赤になっている。ピンクのモヒカンのせいで強面のイメージさえあるのに、女の子にはからきし弱いようだ。
一方、《ニーズヘッグ》の頭である亜希は流星に話しかける。
「今日はすみません、大勢で押しかけちゃって」
「いいって、せっかく深雪たちが用意してくれたんだ。堅苦しい挨拶は無しにしようぜ」
「東雲探偵事務所の皆さんもお揃いなんですね」
「俺らも深雪に誘われてな。まったく……うちの事務所では前代未聞の出来事だよ」
流星が困ったように肩を竦めると、亜希も笑う。
「深雪らしいですね。全然》らしくないっていうか……そこがいいところだと思うけど、今までにはいなかったタイプですよね」
「おかげでしょっちゅう振り回されてるよ。本人には自覚が無いからなおさらタチが悪いっつーか……」
その時、屋上に風が吹き、コンロを挟んで流星の向かい側にいたマリアに大量の煙が流れてしまう。
「うっ、ゲホゲホッ……煙が染みるぅぅ! 目がぁ……目がぁぁぁぁぁ‼ ……ガクッ‼」
煙まみれになったマリアは大仰に騒ぎ立てたあげく、白目をむき、車椅子の上で伸びてしまった。それを見た流星はたちまち半眼となる。
「お前……ウサギがいないと、どんだけポンコツなんだ? だから体力つけとけって、あれほど言っただろ!」
「『……返事がない。ただの屍のようだ』」
「自分で言ってんじゃねえ!」
流星は突っこみつつも団扇で煙を仰ぎ、マリアを救出してやる。何だかんだで流星は面倒見がいいし、マリアもそれを承知で甘えている。ただ、それを言うと何となく流星が可哀想なので、深雪は口に出さずにいた。
それで騒ぎは収まったかと思われたが、今度はマリアの隣で奈落とオリヴィエが言い争いをはじめてしまった。
「ちっ……こんな葡萄の搾り汁じゃ酔えもしねえ。気取ってワインを飲むやつは頭がイカレてるな」
奈落としてはワインでも我慢しているほうなのだろう。問題は、そのワインがオリヴィエの持ってきた私物という点だ。案の定、オリヴィエは柔和な顔にピキリと青筋を立てる。
「現在進行形でワインのラッパ飲みしている人が言っていい台詞とは思えませんね。文句があるなら返してください。そもそもワインとは風味と香りを楽しむものであって、上戸なだけのに味音痴は、とてもその素晴らしさなど……」
あげくにシロにまで「もー、二人とも喧嘩は駄目だよ!」と注意される始末だ。
一部始終を目撃していた亜希は何と言っていいのか分からず、それでも一生懸命にコメントを捻りだした。
「ええとその……とても愉快な人たちですね!」
「はは……泣く子も黙る《死刑執行人》が『愉快な人たち』じゃ困るんだがなぁ……」
流星は引きつった営業スマイルを維持しているものの、内心では頭を抱えているに違いない。
気の毒だとは思うけれど、深雪がしゃしゃり出ても火に油を注ぐだけだと思って静観することにした。深雪が言うのもなんだが、東雲探偵事務所のメンバーはかなりマイペースが過ぎる。
銀賀がクーラーボックスを覗き込み、「お、ビールもあるじゃん」と声を上げる。
「よく冷やしてるよ。アルコールが駄目ならジュースもあるし」
「何から何まで悪ぃなあ……おい、お前ら! 深雪がビールくれるってさ」
「あざす!」
「あざーっす!」
銀賀が呼びかけると《ニーズヘッグ》の青年たちは頭を下げ、缶ビールを手にしていく。彼らは薬物売買の囮捜査に協力してもらった時に、一緒に取り引き現場に居合わせたメンバーたちだ。
「銀賀は呑まないの?」
「何も無いとは思うが、非常事態が起きた時のためにな……酒は飲まないのが習慣になってんだ。かわりに烏龍茶もらっていいか?」
「もちろんどうぞ。炭酸もあるけど、どう?」
「おう、茶でいいわ。ありがとな」
流星も似たような事情で今日は呑まないと言っていた。全員が酔っぱらったら、何か起きた時に対処できなくなってしまう。この街で生きるゴーストは、自然とそうした習慣が身につくのだろう。
屋上の雰囲気は和気あいあいとしていた。めいめい肉を焼いたり、料理に箸を伸ばしたり、神狼の持ってきてくれた《龍々亭》のオードブルも大人気だ。
亜希と流星が会話する後ろで、オリヴィエが奈落の悪態に鋭い毒舌を返しつつ、マリアの世話を焼いている。海も最初の心配が嘘のように、俊哉や花凛、静紅と楽しそうに会話を交わしている。
ちびっ子たちはひと口大に切り分けた肉を頰ばり、「うめえ!」「肉、うめえぇ~‼」と大興奮だ。深雪も食べてみたが、俊哉が胸を張るだけあって肉は柔らかく、油も程よく乗って美味しかった。
(バーベキューコンロがあっても、主役の肉が無ければパーティーは失敗に終わっていた。それを考えると俊哉には感謝しかないな……)
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