第6話 予期せぬ客

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 このまま両者が衝突したら最悪の事態に陥ってしまう。《レッド=ドラゴン》と《中立地帯》の関係にもひびが入るし、そうなれば《監獄都市》全体にも影響してくるだろう。そう考えた瞬間、気付けば体が動いていた。 「わーーーっ! ちょっと待ったぁぁぁぁぁ‼」   深雪は大声を上げながら、睨みあう両者の間に慌てて割って入る。 「なんだ、てめえ……?」 「こいつらの仲間か!?」  男たちは突然、乱入してきた見ず知らずの少年に怪訝(けげん)そうな視線を向ける。 「お前は確か……!」 「雨宮深雪か!」  影剣(インチェン)雷龍(レイロン)も深雪のことを思い出したのか、揃って目を見開く。    深雪はさっそく、その場にいる全員に向かって説得を試みる。 「みんな喧嘩は良くない。ね? 解散しよう。絶対そのほうがいい」  到底、ゴロツキ達は納得できるはずもない。むしろ深雪を見た目だけで弱そうだと判断し、新たな獲物を得たとばかりに威勢を取り戻す。 「ふざけたこと抜かすんじゃねーよ!」 「手ぶらで逃げ帰るなんてできるわけねーだろ!!」 「でも、『命あっての物種』って言葉もあるよね。この街には《死刑執行人(リーパー)》もいるし、あまり騒ぎにしないほうが良いと思うけど?」  深雪が《死刑執行人(リーパー)》の名を出した途端、男たちの顔色が変わった。彼らにとっても《死刑執行人(リーパー)》の存在は脅威なのだろう。それでも簡単には引き下がれないのか、大声で怒鳴り散らす。 「は……? 脅しのつもりか!?」 「《死刑執行人(リーパー)が怖くて、この街で生きて行けるかってんだ‼」 「それじゃ、ここに《死刑執行人(リーパー)》を呼んでもいいんだな?」  深雪は平静を装いつつ、ゆっくりと告げる。ハッタリには度胸が重要だ。内心、これで彼らが立ち去ってくれることを願いながら。 「なっ……」 「そ、それは……」  数人がぎょっとして口ごもったが、残りのゴロツキは引っ掛かってはくれなかったようだ。 「てめえみてえな弱そうな奴が、なんで《死刑執行人(リーパー)》と知り合いなんだよ!?」 「嘘やはったりも、いい加減にしとけ!」  この作戦は失敗だったか。深雪が次の手を巡らせていると、背後で影剣が静かに口を開いた。 「嘘じゃない。こいつは東雲探偵事務所の《死刑執行人(リーパー)》だ」  そこには誇張や装飾が一切なく、妙な説得力があった。 「な…!? まさか……?」 「こいつが……!?」  深雪が《死刑執行人(リーパー)》だと知っても、男たちは半信半疑で顔を見合わせていたが、東雲探偵事務所を相手にするにはさすがに分が悪いと悟ったのだろう。互いに小声で耳打ちをし合うと、くるりと背中を向けた。 「ち……!」 「くそっ‼」  ゴロツキ達が大人しくその場を去ると、深雪はやっと安堵の息をついた。 「はあ……何とか行ってくれたか」  それを見ていた雷龍は、どこか呆れと皮肉を混ぜたような視線を向ける。 「相変わらずの腑抜(ふぬ)けぶりだな、雨宮深雪。あんな連中、力でねじ伏せるのが一番だろうが」 「いやいや、自分たちの立場分かってる? 俺がたまたま近くを通りすがったから良かったものの……」  深雪が脱力しつつ反論すると、雷龍は犬歯を覗かせて豪快に笑った。 「そういえば、よく俺がここにいると分かったな! おい、雨宮深雪。この俺を速やかに出迎え、《中立地帯》を案内しようという、その殊勝(しゅしょう)な心根は認めてやるぞ!」 「……は?」  呆気に取られる深雪を置いてきぼりにして、影剣がすかさず賛辞の言葉を口にする。 「それもこれも雷様の存在感が、どこにいても察知できるほど華々しく神々しいものであるからに違いありません。さすがでございます、雷様……‼」 「いやホント……何言ってるのか、全っ然、理解できないんだけど」  きちんと突っ込んでみたのだが、深雪の言葉は二人の耳には届いていない。育ちが良すぎるが故に、微妙にずれたところも健在だ。  深雪は軽く眩暈(めまい)を覚えたが、すぐにそんな場合ではないと気を取り直す。 「それで……二人ともどうして《中立地帯》にいるの? 何かの用?」 「用はない」 「……へ?」  即座に返ってきた返事に深雪がぽかんとしていると、さすがに気まずさを感じたのか、雷龍はふいと顔を逸らした。 「まあ……あれだ。たまには《東京中華街》の外を散歩してみるのも良かろうと思ってな」 「そ……そんな理由で……?」  《中立地帯》は決して散歩がてらに気楽に訪れるような安全な場所ではない。《東京中華街》に神狼(シェンラン)と二人で乗り込んだ深雪が言うのもなんだが、敵地にたった二人でやって来るなんて、どういうつもりなのか。 「えっと……二人が《中立地帯》にいること、現当主の黄剛炎(ホワン・ガイエン)さんは知っているの?」  尋ねた内容が悪かったらしく、雷龍はたちまちムッとしてしまう。 「伯父貴には何も言っていない。別に伯父貴の了解を得る必要もないしな。俺が俺のやりたいようにして、何が悪い?」 「もっとも、早く戻らねば叱責(しっせき)を受けるのは間違いない。だから自由に動ける時間は半日ほどだ」と影剣の言葉が続く。 「そ……そうなんだ」  彼らの言葉を額面通りに受け取るなら、《中立地帯》にやって来たのは『ただの気まぐれ』という事になる。《レッド=ドラゴン》の次期六華主人と目されるほどの人物が、そんな浅はかな真似(まね)をするとも思えないが。 (そりゃ《東京中華街》の外に出てみたいって気持ちは分かるけど……)  深雪にも覚えがある。深雪の実家は両親も立派で、深雪は何不自由なく与えられて育った。適切な教育と、惜しみない愛情。控えめに見ても、大切に育ててもらったという自覚がある。  それでも高校生になる頃には、ゆくゆくは家を出て一人暮らしをしたいと思っていた。何が不満だったわけでもない。ただ家とは違う、外の世界を知りたかったのだ。 (まあ、この人たちも何か思うところがあるのかもな。《中立地帯》で二人の身に何かあったら、大問題になることに変わりはないけど……)   二人とも変装のつもりなのだろう。若者らしい髪形に、ストリートでも何ら違和感のないラフな格好をしているが、何というか()れてないのだ。にじみ出る上品さや小奇麗さを誤魔化しきれていない。  《中立地帯》のゴーストたちはそのあたりを敏感に嗅ぎ取って、金目の物を強奪しようと考えたのだろう。このまま二人だけにしていたら、またゴロツキ達に絡まれないとも限らない。  すると裏路地の向こうで待機していた火澄が、深雪に近づいてくる。 「あの……雨宮さん。この人たちと知り合いですか?」 「火澄ちゃん! まあ知り合いと言うか、成り行きというか……」  雷龍と影剣の登場が衝撃だったあまり、火澄のことを失念していた。そこで深雪は、ふとある事に気づく。 (そういえば……火澄ちゃんは《レッド=ドラゴン》の六華主人・紅神獄(ホン・シェンユイ)の娘なんだっけ……)  深雪は思わず雷龍と影剣を顔を見るが、二人は火澄を見ても何の変化も見られない。その反応から、彼らが火澄の素性を知らないのだと見て間違いない。 (二人を放って置くわけにもいかないし、紅神獄という人の話も聞いておきたい……)  この二人から紅神獄に関する情報を引き出せないだろうか。そう考えた深雪は、雷龍と影剣にある提案をする。 「あのさ……二人とも良かったらウチの事務所に来ない?」 「お前の事務所って……」 「東雲探偵事務所に、という事か?」   雷龍と影剣はさすがに警戒したようだ。 「貴様……何を企んでいる!? まさか雷様を根城に誘い込み、人質に取ろうなどと考えているのではないだろうな!?」  影剣が言うことも無理もない。東雲探偵事務所など、彼らにとって敵地も同然だ。何かの罠ではないかと勘繰るのも当然の反応だろう。 「そんなことしないよ。うちの事務所で今、パーティーをやっているんだ」 「パーティー……? いいのか、そんな悠長ことをして……」  雷龍は(いぶか)しげだが、深雪は肩を竦める。 「たまにはね。俺と神狼が《東京中華街》に行った時、《黄龍太楼(ホワンロン・タロウ)に泊めてくれたでしょ? だから今度はウチの事務所に招待しようかと思って。《中立地帯》のゴーストばかりだけど、良かったらどう?」  深雪の案を呑むべきか否か。雷龍と影剣はしばらく顔を見合わせて考え込んでいたが、やがて結論が出たのか雷龍が代表して口を開く。 「いいだろう、招きに応じてやってもいい」 「いや……だから何でそう上から目線なの」  奈落に負けず劣らずのふてぶてしさに、深雪は思わず突っ込んでしまう。  影剣は納得のいかない表情をしている。 「雷様、よろしいのですか?」 「良くも悪くも、こいつは悪巧みをするような性格には見えねえ。それにここは《東京中華街》じゃないし、あまり無茶はしない方が賢明だ。俺たちの素性を知っている奴に出会えたのは、思えば幸運だったのかもな」  雷龍の返答は冷静で、自分の置かれた状況をしっかりと把握していた。彼らも《中立地帯》を歩くリスクは理解しているのだろう。  東雲探偵事務所は厄介な相手ではあるものの、彼らの素性を把握している。《東京中華街》との衝突を避けたい思惑がある以上、二人の身に危害が及ぶこともない。深雪としても有難い判断だ。  もっとも事務所のメンバーはびっくりするかもしれない。マリアあたりは激怒するだろう。それでも《ニーズヘッグ》のメンバーや俊哉や花凛もいることだし、正面から事を構えたりはすまい。深雪はそう楽観することにする。 「うちの事務所、すぐそこだから一緒に行こう。火澄ちゃんも待たせてごめんね」  深雪は雷龍と影剣、そして火澄に声をかけ、四人連れ立って東雲探偵事務所へと戻ることにした。 「ふむ……東雲探偵事務所の事務所か。どういったところか楽しみだな」 「さようでございますね、雷様。さぞや強固なセキュリティと最新鋭の防衛機構に守られた……まさに難攻不落の要塞のような建物でありましょう」 「フン……どんな建築物だろうが、黄龍太楼には勝てねえだろうがな!」  東雲探偵事務所がどんなところか想像して期待をはずませる雷龍と影剣に、深雪は心の中でそっと謝るのだった。 (ごめん……何の変哲もない、ただのボロ洋館だよ)
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