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第4話 バーベキュー当日
そして、いよいよバーベキュー当日。
幸いなことに空は快晴だった。太陽が出ているせいか、いつもより少し温かい気がする。屋外パーティーにはぴったりの天気だ。
まず会場準備のために、屋上に機材を運び込む。ドラム缶を使った手作りのバーベキューコンロを三つと、飲み物を氷で冷やしたクーラーボックス、テーブルと椅子をいくつか。そして日よけのパラソルも用意する。どれも深雪たちがかき集めてきたものだ。
その段になると流星やオリヴィエ、奈落も手伝いに来てくれた。ちなみにいつもの黒づくめの服装ではなく、私服だ。
流星はチェックのシャツにネイビーのスキニーパンツ、インナーは真っ白のシャツと、ずいぶんと爽やかな格好だ。オリヴィエも白と水色のストライプのポロシャツにベージュのスラックス。奈落は灰色のカットソーにデニムパンツという出で立ちだ。
《中立地帯》のゴーストとの親睦パーティーという主旨を考えると、黒づくめの軍服や神父服、ライダースーツだと威圧感があるから、できれば私服で、という判断だ。格好だけを見れば、誰も彼らが《死刑執行人》だとは思わないだろう。
深雪も今日はライムグリーンのウインドブレーカーを選んだ。常日頃、『《死刑執行人》らしくない』と言われているから黒でも問題無いが、少しでも場を明るくしたかったのだ。
「……それにしても、よくバーベキューコンロなんて作ったなー?」
流星はコンロを屋上に運び込みながら、あきれ半分、感心半分といった様子で声をかけてきた。
「荒俣さんが手伝ってくれたんだ」
「ここまで本格的にやるとは思いませんでした。大変だったでしょう?」とオリヴィエも感嘆の声を上げる。
「へへへ……シロたち、すっごく頑張ったんだよ。ね、海ちゃん!」
「ふふ、準備は大変だったけど楽しかったです」
シロと海は当日の朝に切った野菜を串に刺しながら、顔を見合わせてくすくすと笑う。
シロは鮮やかなデニム地のオーバーオールに白いシャツ。海は黄色のTシャツと薄手のカーディガン、その下に淡いコーラルのキュロットスカートにレギンスと、二人とも華やかな格好だ。
「あー、これでビールが呑めりゃ最高なんだがなー」とぼやく流星に、シロは不思議そう顔をする。
「りゅーせい、ビール呑まないの? どうして?」
「まあ、大人の事情だよ」
幹事は深雪なので気を使わなくもいいと伝えたのだが、流星は何かあった時のために酒を控える方針のようだ。流星は見かけによらず責任感が強い。誰かさんにも見習って欲しいものだと、深雪は思わずにはいられない。
その誰かさん―――奈落はバーベキューコンロを屋上に設置すると、さっそくライターを取り出した。
「そろそろ火を熾すか」
「え、ちょっと早くない?」
「炭は何だかんだで着火に時間がかかる。早いほうがいい」
奈落は軍手を手早く嵌めると、さっさとコンロの中に丸めた新聞紙と炭を投入しはじめた。深雪は慌てて火ばさみを取り出して、奈落に手渡す。
(コンロは三つあるし、早めのほうがいいのかもな)
さすがと言うべきか、想像通りと言うべきか。奈落はやたらと手際がいい。深雪も炭の並べ方を教わって、他のコンロに火種をつけていくと、シロと海が団扇でバタバタと扇いでくれる。
しばらくすると、もうもうと煙が立ち込め、それらしい雰囲気になってきた。だんだんと気分が高揚してくるのは深雪だけではないのだろう。海やシロも歓声を上げている。
パーティーの準備が進むにつれ、深雪にはひとつ気がかりなことがあった。
「マリアもさ、食わず嫌いせずに参加してみればいいのに……」
あれから何度かマリアを誘ったものの、ことごとく無視されている。なかなか通信が繋がらないし、繋がってもすぐ切られてしまうのだ。深雪が事務所の屋上でパーティーを開くことが、よほど気に入らないのだろう。
「そうですね。せっかく深雪やシロや海が、パーティーの準備してくれたのですから」とオリヴィエも同意するように頷く。
ところが流星は、何とも言えない微妙な表情になるのだった。
「俺が言うのも何だが、あまり無理強いしないほうが良いぞ。あいつ、ここ数日ずっとおカンムリだからな」
どうやら流星は怒り心頭のマリアに振り回されて相当、疲労が溜まっているらしい。マリアの八つ当たりは生半可なものではなく、声もげんなりとしている。深雪としては、そんなに怒らなくてもいいのにと思うのだが。
「マリアは強情だから、絶対に自分から参加するって言わないと思うんだよね。だから、俺たちの誰かがマリアを迎えに行くのはどうかな?」
深雪が出向いたらマリアはますます拗ねてしまうけど、シロや流星、オリヴィエの言うことであれば多少は耳を貸すのではないか。そう思ったのだが、流星は肩を竦めて却下する。
「いやあ……無駄だと思うぞ。あいつのいる地下室はエレベーターでなきゃ行けないが、そのエレベーターはマリアがガッチリ管理してるからな。エレベーターに乗り込んでもマリアの許可がなけりゃ、動かない仕組みになってる」
この間、深雪が地下にたどり着けたのは、マリアが空腹をこじらせて意識が朦朧としていたからだ。そうでなければ、地下室へ続くエレベーターは動きもしないのだろう。
「やっぱりダメか……マリアだってさ、地下室にこもってばかりいたら気分が滅入るし、たまには青空の下で日の光を浴びたほうが気分転換にもなるのに……」
深雪ががっかりして溜め息をついていると、シロと海が口を開いた。
「マリアも一緒の方が絶対に盛り上がるよ! 今度はシロが誘ってみようか?」
「そうですよね、せっかくだからマリアさんにも楽しんで欲しいし……」
シロが通信端末でマリアに連絡を取ろうとするものの、やはり通じない。シロだけではなく、流星やオリヴィエの通信も完全にシャットアウトだ。マリアはあくまで徹底抗戦するつもりなのだろう。
(な……何て強情なんだ……!)
深雪がすっかり呆れていると、コンロに火を熾していた奈落がニヤリと口の端を吊り上げる。
「あのウサギを巣穴から引きずり出す方法ならあるぞ」
「それ……どういう意味?」
そう尋ねると、奈落は人差し指で「こっちに来い」と手招きする。深雪とシロは思わず顔を見合わせた。
事務所のいたるところに監視カメラが仕掛けてあり、マリアはそのカメラを介して、地下にいながら事務所の出来事すべてを把握しているのだ。それは屋上も例外ではない。
普通の会話はマリアに筒抜けになってしまうから、奈落は耳を貸せと言っているのだ。深雪とシロが奈落の口元に耳を寄せると、ある作戦が明かされる。
「……うん、分かった。シロ、協力する!」
シロは乗り気なのだろう。小声で即答するが、深雪は首を捻ってしまう。
「でも上手くいくかなあ? それってかなり強引なんじゃ……?」
マリアが大人しく深雪たちの誘いを受けるとは思えないが、強引すぎるのも考えものだ。しかし奈落の返事は「それがどうした」と素っ気ない。
「目的を達成できて、死人も怪我人も出ない。この上なく平和的じゃねーか」
「うーん、確かにそうなんだけどね……」
結局、深雪たちは奈落の作戦を試すことにした。というより、その方法しか思いつかなかったのだ。正攻法でマリアの元へたどり着けないなら、少々強引な「奇襲」を仕掛けるしかない。
奈落は妙に楽しそうで、マリアをからかってやろうという邪悪な魂胆が透けて見える。この際だから、その意地の悪さを利用させてもらおうと深雪は思うのだった。
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