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無人・邂逅
だが、彼が道行く先々、建物は戸を閉ざしていた。
窓が少し開放されている家もあったが、レース越しに人の影が見えたぐらいだ。
彼と同じくらいの背格好をした中年男が、椅子に凭れかかって卓に両肘をついている。顔に大きな白い布をあてている。
その奥には、男の妻であるのか女も同じように顔に白布を着用しながら、何か作業をしていた。
寛いでいるようでありながら、一様に息苦しそうに視界に映る。
(皆、閉じ籠ってしまったのか)
自分も永いこと、室内に居た。
この数日間を逡巡するに、必要な時間だったと確信する。
人々もきっと、留まる必要があるのだろう。
(けれど、やはり)
無造作に伸びた彼の長い髪をそよ風が揺らすと、晴れやかな爽快感と真逆の想いが突き抜ける。
(皆、外へ出たいだろうに)
角を曲がった所で、初めて彼は自分以外の人間に出会った。
対角線上に現れた青年は、男に声をかけてきた。
「こんにちは」
「こんにちは」
細身の身体つきに、人懐っこい笑顔を張り付けていた。何やら、薄紅やクリームに色づいた花のブーケを右手にしている。
青年の物腰の柔らかさに、男はほっと嘆息して思わず話しかけた。
「初めてです。人に会ったのは」
「そうですよね。僕もです」
弓なりの目をして青年が呼応する。
どうやら、人々が内に籠ってしまったことに動揺していたのは、青年のほうも同じだったようだ。
互いに親近感がわき、言葉数が増えていく。
「皆さん、不必要には集まってはいけないですからね」
「……そうなんですか?」
「ええ。ご存知無かったんですか?」
「はい。何せ、先程まで」
そこまで伝えると、彼は少し照れながら、
「ずっと、眠っていたものですから」
暗闇の寝床に体を預けていたのだ。
外で起きていることに未知な彼を、青年は目を細めたままにこやかに頷く。
「昼寝は気持ちいいですからね」
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