無人・邂逅

1/3
前へ
/10ページ
次へ

無人・邂逅

 だが、彼が道行く先々、建物は戸を閉ざしていた。  窓が少し開放されている家もあったが、レース越しに人の影が見えたぐらいだ。  彼と同じくらいの背格好をした中年男が、椅子に凭れかかって卓に両肘をついている。顔に大きな白い布をあてている。  その奥には、男の妻であるのか女も同じように顔に白布を着用しながら、何か作業をしていた。    寛いでいるようでありながら、一様に息苦しそうに視界に映る。 (皆、閉じ籠ってしまったのか)  自分も(なが)いこと、室内に居た。  この数日間を逡巡(しゅんじゅん)するに、必要な時間だったと確信する。  人々もきっと、留まる必要があるのだろう。 (けれど、やはり)  無造作に伸びた彼の長い髪をそよ風が揺らすと、晴れやかな爽快感と真逆の想いが突き抜ける。 ((みんな)、外へ出たいだろうに)  角を曲がった所で、初めて彼は自分以外の人間に出会った。  対角線上に現れた青年は、男に声をかけてきた。 「こんにちは」 「こんにちは」  細身の身体つきに、人懐っこい笑顔を張り付けていた。何やら、薄紅やクリームに色づいた花のブーケを右手にしている。  青年の物腰の柔らかさに、男はほっと嘆息して思わず話しかけた。 「初めてです。人に会ったのは」 「そうですよね。僕もです」  弓なりの目をして青年が呼応する。  どうやら、人々が内に籠ってしまったことに動揺していたのは、青年のほうも同じだったようだ。  互いに親近感がわき、言葉数が増えていく。 「皆さん、不必要には集まってはいけないですからね」 「……そうなんですか?」 「ええ。ご存知無かったんですか?」 「はい。何せ、先程まで」  そこまで伝えると、彼は少し照れながら、 「ずっと、眠っていたものですから」  暗闇の寝床に体を預けていたのだ。  外で起きていることに未知な彼を、青年は目を細めたままにこやかに頷く。 「昼寝は気持ちいいですからね」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加