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溌剌とした青年は幾つぐらいの年頃だろうか。
眠り続けていた自分への返答としては、随分と能天気なものだ。
壮年期に差し掛かる彼は、目の前の同性を青年として捉えながらも、同じ歳くらいなのかも知れないと鑑みる。
つるりとした健康的な肌は若く見え、けれど、その心に雑音など無さそうな面持ちは、達観したようにも映る。
年の頃、而立。30歳代の同性と目星を付けると、その視線に気付いたのか青年が目で合図した。
「状況が状況ですからね。
本当は私達もこうして出歩くのも、無闇には良くない」
直近の情勢を知らない彼は、何せ眠り続けていた彼は、すらすらと述べる青年の言葉が世界を知る頼りだ。
藁をも掴む心持ちで、耳を傾ける。
「人と触れ合うことで危険が生じやすい。
リスクを伴う。
集まることで感染しやすくなりますから」
その言葉で、男は即座に理解できた。
かつて自分もー永々と寝る前にー立ち寄った街で、流行り病に苦しむ情景をその双眸に収めたことがある。
常に人は病に苦しむのか。
彼の眉間は纏った衣服と同じく、深い襞を作った。
病魔に罹った家族や友人、そして恋人。
愛する人と触れられずに隔離された者を見てきたことを思い出す。
その者の手を取って慰めた。
けれど、壁越しに離れた横たわる人の手を取ることができなかったことを、不快なほど鮮明に記憶が再生される。
「でも」
突如取り戻した後悔の波を、青年の一言がぴたりと止める。
「そこのお宅で、今日赤ちゃんが生まれてくるんですって」
「そうなんですか」
手にしていた花束の意味が分かった。
「それは、おめでとう」
光降り注ぐ日を選んで生まれてくる子がいる。
例え、皆が家の中に抑留されている世界でも、きちんと新しい命が生まれてくるのだ。
男の胸に晴れやかな想いが込み上げる。
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