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窓ガラスが割れたままの部屋では過ごせないので、直してもらうまで、一時的に別の部屋に移動することになった。反省したのか翠子さんは、荷物を運ぶのに協力的だった。けれど、移動した部屋に蛾がいるのを見つけると、またすぐにヘソを曲げてしまった。
「こんなところ、私がいるところじゃないわ!」
だから結局、玄咲が手をよごすしかないのだ。
覚悟を決め、スリッパでパン! と蛾を叩く。仕留めた、と思ったのに蛾はしぶとく、またふらふらと飛び立って、あろうことか翠子さんの髪にとまってしまった。美しい、翠子さんの長い髪に。
翠子さんをけがすものは許せない。でもけがされている翠子さんを、見たいと思ってしまうのは何故だろう。
「嫌! 取って! 取って! 玄咲、お願い!」
蹲って泣き出す翠子さん。もう蛾は飛び立ってしまったのに、気づいていない。けれど何故か、「もういないよ」と言うことができない。ジジ……と、蛍光灯が嫌な明滅を繰り返して初めて、駄目だ、と思い、翠子さんの肩に優しく手を置く。
「もう大丈夫よ、私が取ったから」
「本当?」
「ええ、大丈夫」
蛾くらいで怖がる翠子さん。その蛾はさっき、あなた自身が木っ端微塵にしていたのに。
翠子さんは大丈夫。全然大丈夫なのだ、本当は。
何だか気分が悪い、と言うので、翠子さんのベッドメイクも玄咲がやり、翠子さんを休ませる。
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