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生姜焼きに手が届く前に、睦の指は母親に叩かれた。
「俺の生姜焼き……」
「こら。睦の分はこっち。これは晴樹の分」
最近、食卓には両親と睦の家族3人分の皿の他に、タッパーが一つ置かれるようになった。睦が母の目を盗んで胡瓜を摘む横で、母親は4人目の夕飯をそのタッパーに詰めていく。
今日は豚の生姜焼き、ナスとインゲンの煮浸し、胡瓜の中華風サラダ。それにラップに包んだおにぎり2つ。
おかずとしては、ちょっと物足りないかなと大学生男子の睦は思う。でもそれは自分がまだ学生だからで、これを食べる30代の叔父だったら足りるのだろうか。それとも飯の友ではなくビールのつまみとして食べるには充分なのか。
「晴樹さんち、まだ奥さん帰ってきてないの?」
「そうみたい。ユキさん、お母様の調子が良くないみたいって前に言ってたから、それで里帰りなのかもね。帰る前にマンションのスペアキーを預かってほしいって来てくれたけど、泣きはらした目をしてたから、お母様、ちょっと深刻なのかしら」
喋りながら母親はタッパーの弁当を手早く紙袋に入れて、ん、と喉を鳴らし睦に差し出した。睦も自然の流れでそれを受け取り、家を出る。
叔父の家までは徒歩で15分。睦はいつものルートでのんびりと歩いた。5時の鐘が町内に鳴り響く中、庭木にホースで水をかけている女性を見て、日落ちが前よりも遅くなったと気付く。ゆっくり歩いてみると見えてなかったものが見えてくる。道路の植え込みが赤と白の花をつけている。緑だけの時は気にしなかったのに、花が咲き乱れた途端、街路樹に目がいくのは何故だろう。腰丈よりやや低い植え込みの花は何て名前なのか気になり、睦は花に埋もれている木札を覗き込んだ。
「躑躅。難しい字だなあ」
漢字の横に書かれたひらがながなければ、睦は読めなかっただろう。なんとなく髑髏を連想してしまう漢字だ。木札は簡単なイラストと共に街路樹を説明している。
[躑躅ーつつじー つつじ科 落葉性低樹木
花言葉 赤・恋のよろこび 白・初恋]
小さな葉を隠す勢いで咲くつつじは、開花を喜んでいるようだ。その華やかさが恋を連想させるのだろうか。
そういえば、小学生の頃は花の蜜を吸ったりしていたのを思い出した。女子は小さな花束を作り、男子は口に咥えてラッパの真似事をして遊んだりしていたっけ。
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