君に捧げる花・あなたに贈る花

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 確か根本に甘い蜜がたっぷり入っていたような。それを確かめたくて赤い花に手を伸ばした睦だったが、それが悪かった。花の下に虫がいたのに気付かず、目の前をブゥンと掠めて飛んできた虫に睦は「うわっ」と大きく後ろに飛びのいた。その直後、「きゃあっ」と女性の高い声と共に、強い水圧の水が睦の背中に直撃した。あまりの冷たさと勢いに、「ひぇっ」と先程とは違う叫び声が出る。  水はすぐに止まったが、人は予想外の出来事が起こると、動きが止まる。一体自分の身に何が起きたのか。シャツの裾からぽたぽたと落ちる水と足元に広がっていく染みを眺めながら、睦は茫然とした。 「ご、ごめんなさい! おっきな声でびっくりしちゃって、ホースが、振り向いたら、あなたがいて、花が」  支離滅裂ながらも、睦が飛び跳ねた動きで驚いた彼女が、水の出たホースごとこちらを向いたのだと理解した。パニック状態で睦の腕を引く彼女は、玄関先まで睦を引き入れると自分は家の奥に走り出し、バスタオルを抱えて戻ってきた。 「これっ、これでとりあえず拭いてください。何か代わりの服、持ってきます!」  口を開く間も無く、睦の頭にバスタオルをかけると彼女はまた家の奥へと走っていった。  睦は濡れた体を拭きながら、周囲を眺めた。  玄関のすぐ横の襖は開けた状態で、写真の飾られた仏壇が見える。  玄関に出ている靴は、サンダルと黒のパンプス。古い家みたいだが、彼女以外の人の気配が感じられない。    
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