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「これなら入ると思うのだけど、とりあえず着てくれますか」
未開封のシャツの封を破りながら、女性は再び現れた。水色のシャツにデニムパンツという出で立ちは部屋着なのだろう。セミロングの髪を片方の耳の下で無造作にまとめている。はい、とシャツを渡された時に、ようやく正面から顔を見る事ができた。化粧気のないその顔はまだ若く見える。睦のすこし上くらいか。
「この服お借りして良いんですか」
「そのまま貰ってくださっていいです。本当にすいませんでした。あっ、ここの部屋で着替えてください」
彼女が示したのは仏壇が見えていた和室だ。やはり室内に入っても、彼女以外の人の気配はないように思えた。
睦が着替えている間に、彼女はお茶と新しい紙袋を持ってきた。ついでに「申し遅れました」と言い、彼女は森嶋真弧と自らを名乗った。
「紙袋まで水が滲みちゃって……中身は大丈夫でしょうか」
「ああ、中……うん、大丈夫みたいです。紙袋、ありがとうございます」
多少の水滴はついているが、ラップで巻かれたオニギリも無事だった。強いて言うなら少し冷めてしまったくらいで。
「本当にごめんなさい。それ、お弁当ですよね。どこかお出かけ前に、こんな……」
下がった眉と少し潤んだ垂れ目は叱られた子犬のようだった。今にもキューンと反省の声が聞こえてきそうだ。その分かりやすい姿に、睦は笑いを噛み殺して窓から見える叔父のマンションを指差した。
「お出かけっていうか、これをあそこのマンションに届けるだけだったし、大したことないです」
「お弁当を届けてるんですか? あそこってファミリー向けのマンションですよね?」
「そうですよ。俺の叔父家族が住んでるんですけど、奥さんが帰ってて、いま晴樹さん一人だから」
「晴樹、さん?」
「あ、すいません。ふだん晴樹さんて呼んでて。叔父さんの名前です」
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