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「こんな地味な花、よく名前覚えてるよね。晴樹さんの奥さんて、まだ帰ってこないの? 離婚するのかな」
「いやぁ、離婚はないでしょ。晴樹さんの一目惚れで結婚したし。外のつつじも綺麗だけど、ゼラニウムみたいな小さな花って可愛いよね」
「そうかな」
「晴樹さんの奥さんは真っ赤な薔薇って感じの人なんだけど、このゼラニウムは真弧さんみたいだよ。小さい花のイメージ」
思ったままを言ったのだが、言ってから睦は恥ずかしくなった。可愛いと言ってから真弧みたいだと言ったら、まるで告白みたいではないかと気付いたからだ。一人気まずい思いに耐えていたが、真弧の方は何も気にしていないようだった。むしろ話も聞いていなかったように、生毛がふわふわとしているゼラニウムの葉を、指先で揉み潰している。
「ゼラニウムってね、香りが独特なの。虫除けにもなるんだよ」
ほら、と真弧は手のひらを睦の顔面に当てた。その手からは、ハーブ独特の強い香りがする。
「本当だ。良い香りだけど、虫除けなんだね」
恥ずかしい事を言ったと思っていたが、真弧の雑な行動に半分がっかりして、半分ほっとした。小さな手に視界を奪われたまま、睦はゼラニウムの香りを嗅いだ。
「そういえば、表のつつじの説明に花言葉がついてたの知ってる? たしか、恋のよろこび、だったかな。ゼラニウムはなんていうんだろうね」
「……なんだろうね」
白い小さな真弧の手が、鼻先から頬へと移動し、睦の視界が解放された。さっきよりもうんと近い位置の真弧の顔は、どこか悲しげに見える。どうしてそんな表情をしているか気になった。だけど、再び睦が目を伏せた時には、唇に当たる真弧の柔らかな唇のせいで、何も考えられなくなってしまった。
庭の片隅で、名も知らない虫が鳴く。
り、りり、りり、り。
甘い唇。睦はゼラニウムの花言葉が分かったら、真弧に教えてあげようと思った。
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