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「無い……というわけではないです。桜の下での別れのことや、紅葉の下でのいつかの喜びだって覚えています」
「よろしい。そういう事を聞いたんだ。君にとって春とはどういうことか、というのはそういう質問だ」
定義ではなく、あくまで主観的な捉え方ということだろうか。
それならば先程の私の答えは、確かに的外れもいいところだ。部長の思うような回答について、考えてみる。
「春は……そうですね、幸せです」
「ほう、幸せ? 今しがた君は、桜の下では別れを思い出すと言った気がするが、それでも幸せなのかい?」
「はい、幸せです。
確かに悲しい過去もありました。その時の事を深く思えば、今でも胸が痛くなります。後悔もします。
でも同時に、こうして面倒なことを語り合うことができるようになったのも、去年の春からです。
だから春には辛いことも嬉しいこともあって、今では結果的には幸せだと思えます」
私の答えを聞いて、部長は満足そうに笑った。
この人は本当に不器用で、顔が口よりも物を言う。
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