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«Recommendation function»
ジェファーソン青年は、眩しい青春や、生き生きとした高校生活、プロムの機会、男女交際などなど、所謂、リア充と呼べるインシデントとは、遥かに遠い人生を送っていた。
ジェファーソンは、所謂、「ナード」であった。ナードとは、スポーツが苦手で社交性にかけるタイプの人のことを幅広く指す言葉で、「オタク」と近い意味を持っている人間のグループに属する。似た用語で「ギーク」という言葉もある。
ナードは教室カーストでは底辺部に属し、逆にカースト上位の、主に高校生時代期における、個の争いを好む正義感の強いマッチョ白人少年層か、チア・リーディング部の幹部クラスに属する少女層を指す、「ジョック」のいじめの対象になりやすい。ジェファーソンも多分に漏れず、『Hey! ジェフ。焼きそばパン買ってこいや!』を合言葉にジョックス(ジョックの集まり)にパシりにされている。
そして、日々のジョックスからのイビりから、ジェファーソンは家に引きこもるようになり登校拒否生徒になった。
ジェファーソンの日常。やはりジェファーソンも同世代のステイ・アットホーム(引きこもり)と同様、パソコンとスマホの利用を中心とした、自室のみの生活空間における、ディス・コミュニケーションの状態。いつも一人でPCのディスプレイと向き合い、スマホも活用して顔も知らない連中とネット・ゲームの日々。SNSのみの間柄でのバーチャルな会話。ジェファーソンにリアルで対応する人間は、せいぜい一人息子に無関心な両親との薄い関係のみ。
一方、特にジェファーソンが引きこもり活動で執心しているのがネット通販であった。外に出る時はコンビニ程度のジェファーソンの行動ルーティン。そんな中でジェファーソンの物欲を満たせるツールはネット通販であり、それによって購買活動に勤しんでいる。家自体は裕福な環境にあるので、いちいち自分の息子と関わり合いたくないジェファーソンの両親は、とりあえず一定の金を定期的に渡すとともに、キャッシュ・カードも持たせて、所謂、全てを金でジェファーソンとの関係をすましていた。
兎にも角にも、そのような待遇を受けているので、ジェファーソンは生活費に事欠くことは、引きこもっていても問題はなかった。無論、そこには今ハマっているネット通販の購買金も含めて。
「ん?」
快晴の真昼間から、薄暗い部屋に引きこもってパソコンに向かい、ルーティン・ワークと化したネット通販ウェーブサーフィンに腐心しているジェファーソンは、今まで見た事も聞いた事もなかったネット通販サイトに直面した。
「何だこのサイトは?」
訝しがりながらもジェファーソンはその通販サイトを訪れ、試しに自分の趣味であるモデルガンの商品検索をしてみた。するとそのサイトでの購買金額の安さにジェファーソンは驚いた。
「M700・26インチ・トリカラー・デザートカモがこんな安価だって?」
信じられない、といった表情のジェファーソン。商品状態は詳しくは分からないが、とりあえずはブランド・メーカー品のモデルガンだったので、騙され覚悟でとりあえず購入してみた。[ブラック・ルズースル]という名の聞き覚えのない、かなり怪しい通販サイトではあったものの。
「は?」
疑心暗鬼の試しの購買ではあったが、それ以上に、所謂、Webサイトを訪れたユーザの行動履歴を元に、ユーザの興味関心に関連する商品を奨める、通販サイトのシステムである【レコメンド機能】が、ディスプレイに映し出された時、ジェファーソンは怪訝の気持ちを浮かべた。
「サブマシンガンのM4A1・MWSの実弾入りカートリッジだと? 」
BB弾じゃないのか?
無論、ジェファーソンはエアガンの類だと思った。だが、画面には、実弾、と記されている。
「まさか、な」
苦笑いとも半笑いとも言えない気色を見せるジェファーソン。
ネット通販サイトで本物の弾丸が買える、だと。そんなバカな。
まずは目の前に映るそれを一笑に付し、また、一蹴しようとしたジェファーソンだったが、既にマウスのドラッグは、実弾入りカートリッジの購入ボタンをクリックしていた。
まあ、シャレだな。
そして、そんな軽いノリとともに、心底で何らかの不気味な期待を、ジェファーソンは抱えながら、またネットサーフィンを開始した。
そして、明後日だった。M700・26インチ・トリカラー・デザートカモのモデルガンと、M4A1・MWSの実弾入りカートリッジが届いたのは。
精巧な仕上がりのモデルガン、よりもジェファーソンが注視したのは実弾入りのカートリッジ。ジェファーソンは舐めるようにカートリッジを見まわしてみたが、それが本物かは分からない。
「あ!」
一声、叫喚をあげるとジェファーソンは直ぐにパソコンを起動させ、例の通販サイトにコミットしてみた。
「やはり……」
注文履歴からレコメンド機能を確認すると、M4A1・MWSの紹介がされてあった。モデルガンやエアガンの類ではなくリアルガン、つまり、実銃として。
「しかし、マジか?」
と至極当然の如くジェファーソンは疑念を抱いたが、案の定、意識よりも早く既にジェファーソンの人差し指は、その実銃の商品をダブルクリック。PCのディスプレイには[ご注文が確定しました。ありがとうございます]の文字が浮かぶ。最初、不審そうな顔をしていたジェファーソンだったが、無言、時間が経つにつれ徐々に相好を崩し始め、マウスを握ったままの右手は小刻みに震えていた。
間もなく、ソレ、は届いた。例のサブマシンガン。勿論、丁寧に段ボールで梱包されているので、両親は自分の息子に届けられた物の中身など知る由はない。そして、ジェファーソンはモノが届いた日の両親も寝静まった真夜中、街より離れた山中に様子が近い森林緑地帯に、自転車に乗って懐中電灯とカートリッジとブツをカゴや腕に抱えて向かい、その奥へと入って行った。夜に外に出る行動は、せいぜい近くのコンビニに寄る程度だったので、久々の遠出にジェファーソンは戸惑いを覚えたが、その精神の委縮はあきらかに、それ以上に、今から自分が行う確認作業に収斂しているとも考えていた。
ある程度、森の中を走るとジェファーソンは止まって自転車から降りて、懐中電灯をつけ、ブツの入った段ボールを乱暴に開け始めた。中にはジェファーソンが注文したサブマシンガンが入っていた。問題はそれが実銃かどうか。無論、ジェファーソンは本物の銃など握った事がないので、幾ら見つめても触っても、かなりリアルなモデルガンにしか感じられない。そこでジェファーソンは本物かどうかを見極める為に、恐らく銃声が聞こえないであろう深い森中まで来て、サブマシンガンの試射をしに来た。
「コイツが本物だったら」
ジェファーソンは理解し難い罪悪感から、動き素早くカートリッジをサブマシンガンに装着させ、トリガーに指をかけた。
震える、腕、手、指。だが、すぐに数メートル離れた巨木に銃口を向ける、ジェファーソン。
「本物ならば……」
さり気ない独り言の後に、速射。
トリガーを引いた指は常に震え始めた。しかし、その震えは動揺や緊張からではない。物理的な反応によるものだった。モデルガンとも疑っていた機関銃の銃口から放たれる揺れ。それは鉄の塊が幾つも飛び出し、目前の木々を粉砕する様の証左と、その銃口から奏でる流麗な轟音の顕われ。
すると、徐々にジェファーソンの口角が上がっていき、
「クックック……アッハッハ!」
と高らかに銃声以上に大きな歓喜の声が響いた瞬間でもあった。
昨夜の、試し、で、実弾や実銃と確証を得たジェファーソン。あのネット通販サイトは本物を扱っている、銃器所持違法も無視してやがる……とジェファーソンは思いながら、俄然と熱中してパソコンのディスプレイを見つめる。前のめりになる。そのネット通販サイトに潜り込んで。
ジェファーソン自身の購買履歴から、次々とレコメンド機能によって現れるおすすめ商品の表示は、迷彩服、防弾チョッキ、ゴーグル、ヘルメット、軍用ブーツ、アーミー用特殊ガスマスク……果ては実銃のハンドガンとその実弾まで。それも全てが安価。
この商品の羅列は、きっと僕を誘っているんだ。ジョックどもに復讐しろ、と。あの脳みそ筋肉バカのジャーヘッド(頭の中身が空っぽ)どもに引導を渡せ、と。このサイトとの邂逅は奇蹟であり、神からの招聘。そうだ。僕は造物主より選ばれし、世に鉄槌をくわえねばならぬ、パニッシャー(処罰する者)なんだ!
既にジェファーソンの内心は、興奮と狂気の渦に駆られていた。正常な意識はなかった。謎のネット通販サイトからの購買から、それら全てを運命やら宿命やらの類としてジェファーソンは自分に課し、自分を排撃するジョックスに天誅を下す事が予定調和である、と屈折、というか常軌を逸した判断を脳裏に巡らせていた。
ジェファーソンは次々に現れる、おすすめ商品、の画面にドラッグを嬉々として合わせ、次々と購入決定していった。
全ての商品が届いた時、僕は神の御意志に従うだろう。
もはやジェファーソンの思考回路は、マス・マーダー(大量殺人者)の心理と同一化していた。
数日後、ジェファーソンが買い揃えた品が全て届いた。ジェファーソン宛の通販の品が大量に届くのは、日常茶飯事なのでジェファーソンの両親は何ら疑う事などおくびにも出さない。だからこそ今日がジョックス狩りの日と決めたジェファーソンの気持ちや行動など当然ではあるが兆しすら感じていない。
ジェファーソンの日常はほぼ昼夜逆転生活で、本来なら現在の午前十一時など寝ていた。カーテン越しの外の日光にうんざりしていた。苛立ちさえ覚えていた。一日中、ずっと暗がりの夜だったら、なんて良かったんだろう、と。だが、今日は違う。いつもの徹夜後とは違う。朝の陽光が美しく輝き、生命力に溢れている。
そうか、やはり人間は夜だけに生きるべきではないんだ。
何やら箴言めいた思いをジェファーソンは浮かべると、既に銃器や防弾着などをフル装備した格好で、何の迷いもなく勢いよく自分の部屋から飛び出した。
この扉を開いた瞬間、僕の僕による僕の為の自由なる生き方の始まりだ!
「行ってきまーす!」
自然と声を張って、登校、の挨拶をして、恐らくリビングで寛いでいるだろう母親に告げたジェファーソン。だが、母親のリアクションも気にかけず、既に自室で履いていた軍用ブーツそのままに家から走り出た。
燦燦と輝く太陽の下、ジェファーソンはまるで新世界を見るような感覚で、見慣れた街並みに爽快さを見出す。自分自身にエネルギッシュさを覚える。
素晴らしい。これから僕はジョックどもをぶち殺して、さらなる人生の生まれ変わりを成すんだ。僕の若さはギンギンに漲っている!
握り拳も熱く街路を駆け抜けるジェファーソン。
しかし、ジェファーソン。自ら仇敵のジョックスのいる母校にたどり着く前に警官に捕まってしまった。
サブマシンガン片手に、迷彩服やヘルメットやゴーグルやガスマスクを装着して日中の街をダッシュしているのである。それは警官に取り押さえられるのは必至。ジェファーソンは長い引きこもり生活のため、外出時の普段着という概念すらも忘れていた。
ジェファーソンはいともたやすくお縄になり、警官に引きずられながら、神の世界を創るのだ! と何度も連呼して絶叫していたが、誰もがその様子を珍獣の捕獲映像程度にしか扱わず、スマホでとりあえず画面に収めていた。
警官も半ば呆れ顔で、ハイハイ、分かった、分かった、といなして、自ら立ち上がらず歩行しないジェファーソンを、ズルズルと引きずっているだけで、それ以上は何の関心も示さなかった。
そりゃそうだ。
了
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