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赤ずきん男子、その後(★)
「ルイスくん、おはよー、朝だよー!」
明るく弾む声が、まだ夢の世界を彷徨っていたルイスの意識を一気に現実へと呼び戻した。
カーテンを開く音が微かに聞こえたかと思えば、目を閉じていても遮断しきれない光が瞼の裏にじわりと滲む。
その煩わしさから逃れるように布団を頭まで被るも、次の瞬間には容赦無く剥ぎ取られてしまった。
「起きて! 朝ご飯食べよ!」
「……ニコル、うるさい……」
「もう、早くっ、おはよーのチューの時間!」
ちゅっ、ちゅっ、と、耳や頬や唇を好き勝手に吸われ、あまりの鬱陶しさにルイスは背を向ける。
しかしそうすれば、反対側の耳と頬が餌食になるだけだった。
これ以上の安眠は不可能だと悟ったルイスは、布団から離れたがらない体を奮い立たせて起き上がる。
ルイスがふらふらとベッドから下りると、狼少年が、ニコルという名の彼が、尻尾を激しく振り回しながら勢い良く飛び付いてきた。
「おはよ、ルイスくん」
「はいはい、おはよ……」
三角の耳ごと頭を撫でてやれば、ニコルは、えへへへ、と嬉しそうに笑い声を漏らした。
ルイスの胸元に顔を埋め、ぎゅうっと抱き付く。
ニコルが体に張り付いていてもお構い無しにルイスは歩みを進めた。
流石に顔を洗う時や歯を磨く時は離れてくれたが、それらが終われば今度は腕に抱きついて来る。
いつもならば母親の目があるので、ニコルが引っ付いて来る度に追い払っているのだが、今日はルイスとニコルの二人きりなので好きにさせていた。ニコルはそれが嬉しくて仕方無いようだ。
食卓に向かうと、朝、母が出掛ける前に作ってくれていたらしい朝食が二人分並んでいた。
椅子に座ると、ニコルも向かいの席に腰掛ける。
「お母さん、いつ帰って来るの?」
「三日後」
「三日後、かぁ」
喜びを隠しきれないニコルが、表情をとろかせる。
近隣国で盛大な舞踏会が開催される事になった為、わりと評判の良い母親の元にもドレス作製の依頼が何件か来ていた。
本来ならば、配達業者が届けるか、依頼主に取りに来てもらうかなのだが、依頼主のうちの一人がこだわりが強く、実物を見ながら色々調整を加えてもらいたいからと言って母を呼び出したのだ。
ドレス代とは別に多すぎるくらいの手間賃を貰い、そればかりか現地までの移動手段や、豪華な宿泊場所まで相手方が用意してくれたらしい。仕事のついでに低予算で観光を楽しめる事を母は喜んでいた。
「お母さんがいない間、おれが家のこと頑張るからね!」
「あんま余計な事すんなよ……」
拳を高々と上げ、やる気に満ち溢れているニコルに対して静かに釘をさす。
思い出したくもないあの鼻血事件以来、ニコルはルイスの家で暮らしている。
トイレでの淫行について祖母からがみがみと説教をされ、次の日には事情を聞いた母親にこれでもかと馬鹿にされ笑われたものだが、だからといってルイスとニコルを引き離そうという話にはならなかった。
祖母は元々ニコルの事を好いていたし、母親はニコルの姿に最初こそ驚きはしたが、可愛い可愛いと撫で回してすぐに気に入っていた。
何より、他人との関わりを嫌っていたルイスに、そこまで心を許せる他人がいた事が心底嬉しかったようだ。それが例え男だろうと女だろうと、獣の血が流れていようと。
母親が、ニコルのご両親に挨拶したいと言い出したのがきっかけで、ニコルにはもう会える家族はいないという事を知った。
父親は見た事がなく、山のもっと奥深くの小屋で人間の母親と二人で静かに暮らしていたそうだが、その母親も病で亡くなってしまったらしい。
幸いにも、ニコルの母親の知り合いにニコルの世話を焼いてくれる人が何人かいて、その人達の家を定期的に訪れて命を繋いでいたそうだ。
自分の姿が奇怪だというのは理解しており、悪い人間に見つかれば殺されてしまうかもしれないという事は母親から散々言い聞かせられていたので、用の無い時は人目につかないよう森の奥深くで過ごしていたという。
でも人間は良い人ばかりだよ、と笑うニコルに、胸がひどく締め付けられた。
彼が、自分と同じような目に合わずにいてくれた事をルイスは心から安堵した。
ニコルという名前も、その話の中で知った。ニコルの方も、ルイスの名を聞いたのはその日が初めてだった。
行く所が無いならばと同居を提案したのはルイスの母親で、ニコルが居候を始めてからもう半年以上経つ。
毎日嫌がらずにお手伝いしてくれるし愛想も良いし、どこかの息子とは大違いだ、というのは母親の言葉だ。
「ルイスくーん」
朝食を終え、自室の机で自己学習に励んでいると、甘えた声と共に部屋の扉が開かれた。
「まだ勉強してる?」
わずかに開いた扉の隙間からニコルがそっと顔だけを覗かせる。
まだも何も、勉強を開始してからまだ一時間も経っていないのだが。
この時間はいつも母親の手伝いをしているニコルだが、今日は母親が朝一でほとんどの家事を済ませていってくれたのでどうやら暇らしい。
ルイスはニコルの方に向かっていた視線を一度机の上に戻し、再びニコルを見た。
「……入って来ても良いけど」
毎日最低三時間は勉強の為に時間を取っているルイスだったが、この時間帯にやるとスケジュールを決めているわけではない。
三時間ぶっ続けでやる事もあれば、三十分勉強して数時間休憩などという日もある。要は気分次第なのだ。
だからこうやってニコルの邪魔が入っても、特に目くじらを立てる事も無い。
ルイスから入室の許可をもらったニコルは、ぱぁっと表情を輝かせて部屋の中へと飛び込んでくる。
その勢いのまま膝の上に飛び乗るものだから、ルイスの座っている椅子がみしりと嫌な音を立てた。
ニコルはそんなのお構い無しで、ルイスの首にしっかりと腕を回し顔中にキスを繰り返す。
「ルイスくん……、好き、大好きっ……」
普段から愛情表現が激しいニコルだが、今日は一段と暴走しているようだ。
尻尾を大きく振り回し、この昂りに気付いてくれと言わんばかりに腰を擦り付けて来る。
荒々しい息遣いが耳に掛かる。うるうると涙を溜めた瞳と視線が合えば、その遠回しの要求を突っぱねる事は出来なかった。
「分かったよ……、してやるから……」
ルイスは溜め息を吐きながら諦めの表情でニコルの腰を抱く。
渋々という雰囲気を作っているものの、ルイスのほんのりと赤みを帯びた頬が高揚の度合いを物語っていた。
だから、まさか、服を脱がせようとした手を押し退けられるなんて思ってもいなかったのだ。
「駄目……っ」
「え……? な、なんだよ……」
問う声が思わず裏返る。
ニコルに性欲の発散方法を教えた日から、定期的に自慰を手伝い、最近ではお互いの雄を一緒に慰め合うくらいにまで発展していた。そしてそれを拒絶された事など一度としてなかった。
理由が分からず呆然としていると、ニコルがそそくさとルイスの膝から下り、ベッドの上へと飛び乗った。
「あの、おれ、勉強したから……」
ニコルは珍しく恥ずかしそうに呟くと、ルイスの方に尻を向ける形で四つん這いになり、ズボンと下着を自ら摺り下ろす。
張りのある綺麗な褐色の尻臀が、窓から射し込む太陽光にほんのりと照らされた。
そんなあられもない体勢のまま、ニコルは自分の中指と人差し指を丹念に舐め回す。
そしてたっぷりの唾液で濡れたその指を、尻の谷間にゆっくりと沈めていった。
「あ……」
奥に隠れている蕾が開かれたのか、ニコルの口から、思わず、といったように声が漏れた。
くちゅ、くちゅ、と、粘り気のある音が漏れ出す度、ゆるりと伸びた尻尾がふるふると震る。
「き、来て……、ルイスくん、交尾して……っ」
自分は一体……、なにを見せられているのか……。
ニコルの、男のこんな姿などとても見てはいられないと思うのに、その淫らな後ろ姿からぴくりとも視線を動かせない。
心臓が、ドドドドド、と地鳴りのように激しく鼓動する。ルイスの股間の雄が急速に育ち始め、布を突き破らんばかりに下穿きを押し上げている。
鼻の奥がつんと痛くなった気がして、ルイスは慌てて鼻を口ごと手で覆った。
「なっ……、何を、ど、ど、どう、勉強したら、そうなるんだよ……っ!!」
つい半年前、自慰の仕方も知らなかった奴が、何をどうすればこんな行動に至るというのか。
「ん……、本読んだ……っ」
「ほ、本……っ?」
「ルイスくんの……、ベッドの下にあった……」
「…………!!」
ルイスは年相応に自慰をする事はあるが、幼い頃から人と関わる事に恐怖を抱いていたので、相手がいなければ成立しないセックスには興味が無かった。
だから、森の中に大量に放棄された卑猥な本の山を見付けた時も、非常識な奴がいるなと憤りを覚えただけで、手に取ろうとも思わなかった。
ところが、その本の中に、イヌ科の耳と尻尾の付いた少女の絵が表紙となっている漫画があり「人間と狼少女の恋物語」などと気になる文字が書かれていたものだから、…………つい。
実際は、恋物語などという甘酸っぱい感じではなく、心理描写などそっちのけで全ページに渡ってセックスしかしていなかったけれど。
読んだ事は……、潔く認めよう。確かに読んだ。全部読んだ。
が、全く興奮しなかったし、捨てたくてもどう処分したら良いか分からず、母親に見付かると面倒なので仕方無くベッドの下に放り込んでおいただけなのだ。
大事に保管していたわけではないし、漫画のキャラクターを自分とニコルに置き換えて悶々とした事など無い。断じて。
頭の中に弁解の言葉が大量に湧き上がってくるが、それを声音に変化させる処理が追い付かない。
ルイスは冷や汗を流しながら、ただただ何度も首を横に振る事しか出来なかった。
そんなルイスの様子をどう捉えたのか、ニコルは、根元まで入っていた二本の指を引き抜くと、枕に顔を埋めて、胎児のような格好で蹲った。
耳はしゅんと伏せられており、尻尾も芯が抜けたみたいにシーツの上にへばりついている。すん、と、鼻をすするような音が聞こえた。
「や、やっぱり、おれじゃ駄目だよね……、オスじゃ、おかしいよね……」
花が萎れたみたいに小さくなったニコルの姿に胸が痛む。
ルイスはぎくしゃくとした動きで椅子から立ち上がると、ニコルに寄り添うようにしてベッドに腰掛けた。
いつもみたいに耳ごと頭を撫でてやれば、しなだれていた尻尾が少しだけ角度を上げてゆらりと揺れる。
「確かに、こういうのは男と女がするものだけど……。……お、俺は別に、お前がしたいなら、その、別に……」
お前がしたいならしても良いけど? といった冷静な口振りだったが、痛いくらいに腫れ上がった股間が隠しきれない本心を暴いている。
枕に埋もれていたニコルの顔が、控えめにちらりとルイスの方を向く。
「気持ち悪いって、思ってない……?」
「無いよ……。というか……、お、お前の方こそ、俺の事、変態だとか思ってるんじゃ……」
「…………? どうして……?」
ニコルにとって、いかがわしい本はさして軽蔑の対象ではないようだ。
一旦、胸を撫で下ろす。
「とにかく……、俺は……、お前が嫌じゃないなら……」
下瞼に浮かんだ涙の粒を指先で優しく拭ってやれば、ニコルは勢い良く飛び起きてルイスの体に抱きついた。
「大好き、ルイスくん、大好き……」
こういう時、俺も好きだとスマートに返してやりたいのだけれど、照れくさくて舌の上で言葉が崩れてしまう。
返事代わりに、普段はあまり自分からする事のないキスをニコルの唇に送れば、感極まったニコルの瞳からぽろぽろと涙が溢れた。
「……あの、ちょっ、本当に大丈夫かよ、これ……」
四つん這いになって腰を持ち上げるニコルの後ろで膝立ちになる。
緊張に強ばる手でニコルの尻肉を左右にそっと押し開けば、きゅうっと閉じ切った蕾が姿を現した。
気持ち悪い、とか、汚い、とか、嫌悪感は全く感じなかった。
代わりに、ドキドキと駆ける鼓動がさらに荒さを増す。
すっかりと変形を遂げた自分の雄をそこに添わせてみるが、どう考えてもサイズが合っていない。
漫画の中では有り得ないくらい広がっていたが、所詮は次元が違う。
躊躇っていると、早くしろと急かすようにニコルの尻尾がルイスの体を軽く叩いた。
「大丈夫……、毎日、お風呂で指入れて、練習してたから……」
最近やたら長風呂だと思っていたが、まさかそんな事をしていたなんて。
衝撃の事実を告げられ、今日からどんな顔をして風呂に入れば良いのか分からなくなる。
「い、痛かったら、すぐ言えよ……っ」
ルイスは自らの親指を舐め、唾液に濡れた指の腹で小さな洞穴を優しく広げた。それに対し、ニコルがもどかしそうに腰を捩る。
本人が大丈夫と言うのだから……。
ルイスはニコルの言葉を信じ、亀頭でゆっくりと開口部を押し広げる。
「あっ……、ふぁ……」
ニコルの練習の成果なのか、思っていたよりもあっさりと挿入する事が出来て驚いた。
熱い肉壁が、来訪者を歓迎するかのように締め付けて来る。
「……くっ、……ニコル、痛くないか……っ?」
「ん、うん……っ、苦しいけど、大丈夫……、嬉しいっ……、あぁ、う……」
傷付けないよう、痛くないよう、慎重に腰を前後に揺する。
想像以上に、気持ちが良い。
ニコルよりも先に自分の方が達してしまうかもしれない。
最初のうちはニコルの体を気遣う気持ちが優勢だったものの、結合部が馴染むにつれて自然と腰の動きが速くなってしまう。
すぐに気付いて速度を緩めても、いつの間にか夢中で快楽を追っていた。
ニコルが痛がったり泣いたりしているのならば理性的なままでいられるのだが……。
「あっ、あ……! おしり、気持ち良くなっちゃってるの……っ、これ、好き……っ、あ、んぅっ、ルイスくん、好きっ、もっと交尾して……っ、あぁっ!」
恐らく、参考にする教科書が良くなかった。
雄の本能を刺激するみたいにいやらしい言葉を吐きながら、とろりと蕩けた表情で喘ぎ声を上げる。
それに煽られて更に体が昂るのを感じ、セックスに興味は持てずとも自分もやはり男だったのかとルイスは実感した。
いよいよニコルを気遣う気持ちも吹き飛び、無我夢中で腰を振った。
肉体的に気持ち良いのはもちろんだが、ニコルが身も心も自分のものになったような錯覚に陥り気分も高揚した。
一突きする度にどうしようもない愛しさが溢れて来る。
ニコルも似たような気持ちを抱いているのか、好き、嬉しい、としきりに呟いていた。
「…………っ、う、も、無理……っ」
爆発寸前の雄を急いで引き抜こうとすれば、褐色の細い腰を掴むルイスの手をニコルが健気に握り締める。
「あんっ、あっ、やだ、抜かないで……! おれのお腹に、種付け、してぇ……っ」
「…………っ!」
ニコルには二度といかがわしい本は読ませまい。
絶頂を迎える寸前に思ったのがそれだった。
理性が本能を制御しきれず、ルイスはニコルの要求通り体奥深くに子種を注ぎ込んだ。
ニコルの背中が艶めかしく反り、汗に濡れた体と共にぴんと立った尻尾がびくびくと震える。
ニコルの背中にルイスが覆い被さった体勢のまま、二人は糸が切れたようにベッドの上に倒れ込んだ。
「ふぁ、あっ、赤ちゃん出来ちゃう……」
「お前……、頼むからもう喋んな……」
すぐ真横にあるルイスの頬に、ニコルがすりすりと頭を擦り寄せて来る。
髪の毛ばかりか柔らかな獣毛に覆われた耳にも顔を擽られてむず痒い。
悪戯心で目の前の耳を甘噛みすれば、ニコルの口から短い喘ぎが漏れる。
抗議するみたいにぴるぴると震える耳が可愛かった。
しかし本体の方は寧ろ嬉しかったようで、しばらくうっとりとした表情をしていた。
しかし突然、ニコルは何かを思い出したかのようにハッと顔を上げて、ルイスへと視線を向けた。
「ルイスくん、大丈夫!? 鼻血出てない……!?」
「…………っ、出てないから……っ!」
言いつつも、ルイスは自らの鼻を確認せずにはいられなかった。
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