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先輩✕後輩/王子/俺様攻/淑やか→ツンデレ受/両片想い→両想い/ギャグ/ほのぼの/ラブイチャEND/第三者視点
◆◆◆◆◆
争い事も無く自然豊かなその国の王は、誰が見ても男前だと認めるほどに容貌の優れた男だった。
それに加えて民衆思いの良き統治者でもあった為、歴代の国王の中でも特に信望を集めていた。
彼には年の離れた貴族出身の妻がいたが、彼女もまた国民から愛されていた。
太陽の如く輝くふわふわの金髪、サファイアの美しさを彷彿とさせる蒼い瞳、嫌味の無い明るくはつらつとした性格。
美形で性格良しの国王の隣に並んでも決して見劣りしない、身も心も綺麗な女性だった。
そんな二人の間に生まれた待望の王太子は両親の美貌をしっかりと受け継ぎ、幼児の頃から美形だと分かるくらいにくっきりとした顔立ちをしていた。
アルバートと名付けられた王子は、両親や親戚だけでなく家臣や国民からも沢山の愛を与えられ、少し甘やかされ気味に育てられた。
悪さをすれば怒られる事もあったが、大概の事は許してもらえたし、大した事で無くても大袈裟なまでに褒められた。
例えば、積み木を崩さずに乗せられた時。例えば、ご飯を残さずに食べられた時。
特に、父親と母親双方の面影がある整った容姿に関しては、ただ立っているだけでも称賛の声が飛んで来た。
アルバートは世界一可愛い、アルバートは世界一カッコいい。アルバート以上の美男子がこの世にいる訳が無い。
幼い頃から周囲にそう言われて育ったアルバートは、自分の顔がこの世で一番美しいのだと何の疑問も持たずに生きていた。
とは言っても、アルバートにとって己の顔が美しいのは“カラスが黒い”のと同じくらいに当たり前の事だったので、特に自慢したり鼻にかけるような事はしなかった。
わざわざカラスを指差して「このカラスは黒いぞ」なんて威張る人間が居ないのと同じだ。
何の苦労も知らず順風満帆に育ったアルバートだったが、彼がまだ八歳の頃、母が病に倒れ天国に旅立ってしまった。
夫である国王やアルバートだけでなく、国中が突然の王妃との別れに涙した。
王妃を心から愛していた国王は、きっと後妻を娶らないだろう。
国民皆がそう思っていたし、アルバートもそれが当たり前だと思っていた。
けれど、王妃の死から約三年後、国王は新しい妻を迎えた。
独り身を貫くのだと思っていた国王の再婚に誰もが驚愕していたが、何より、亡くなった王妃とはあまりにタイプの違う新しい王妃に皆困惑を隠しきれなかった。
真っ直ぐに伸びた髪や丸々とした瞳は墨を染み込ませたように真っ黒で、それに反して肌は雪のように白い。薄い唇は紅を塗っていなくても林檎のように赤く艶めいていた。
前王妃のように明るく笑う事は少なく、控え目で、いつも国王の後ろについて歩く上品で淑やかな女性だった。
見目麗しい女性ではあったが、綺麗、というよりは可愛らしいという表現が似合う。
アルバートの母が向日葵だとすれば、彼女は百合だ。種類が違う。
彼女は前王妃が亡くなる前からアルバート達が住む城に仕えている掃除婦で、彼女がこの城にやって来た時から美しい女性だと噂になっていたのでアルバートもその存在は知っていた。
だが、まさか、彼女と父親がそんな関係になっていたとは。
何でも彼女は、妻を亡くし悲しみに暮れていた国王を毎日のように優しい言葉で励まし慰めてくれていたのだという。
国王の悲哀はそれによって癒され、新しい恋が生まれたのだと、やたらロマンチックな語りを国王本人から聞かされた。
容姿や性格はともかく、平民の彼女が新しい王妃となる事を心良く思わない者は少なくなかった。
アルバートもその中の一人で、彼女を母と呼ぶなんてごめんだ、と、しばらく不貞腐れていた。
新しい母は何かとアルバートを気にかけてくれたが、彼女がアルバートの弟となる男児を出産した事により、心の壁は崩れるどころか一層強度を増した。
母親に良く似た、真っ黒な髪と密度の濃い睫毛に縁取られた大きな瞳。
雪のように白いすべすべの肌も、控え目な厚さの赤い唇も母親そっくりで、それでいて、父親である国王の面影も確かにある。
名前は、母親の故郷である国の文字を使い、白雪(しらゆき)と。この国ではスノーホワイトという意味らしい。
十二歳も年齢の離れた弟の誕生により、ヒエラルキーが崩壊する。
父親の愛情はアルバートよりも白雪の方に多く向かい、今までなら許されていた事も「お兄ちゃんなんだからしっかりしなさい」と叱られる事が多くなっていった。
白雪が成長するほどアルバートの立場はなくなっていき、新王妃を認めないと声を荒らげていた家臣や国民達まで、いつの間にか彼女の息子である白雪にメロメロだった。
家臣や国民が心を開き始めたのは新しい王妃の人柄と努力の結果であったが、白雪の存在が後押しになった事も否定出来ない。
白雪が三歳になる頃には、白雪がこの世で一番美しいだの、世界一可愛いだの、今までアルバートに向けられていた言葉が流れを変えていた。
白雪が三歳の時にアルバートは既に十五歳だったが、高々と燃え上がる嫉妬の炎は鎮まる気配すら無かった。
それなのに、白雪はアルバートの気持ちも知らずに無神経に擦り寄って来るのだった。
アルバートが白雪を可愛がった事など一度だって無いというのに、まるで犬のようにとことこと後を追って懐いてきた。
まとわりつかれる苛立ちを抑えきれず何度泣かせたか分からない。
けれど白雪は、突き飛ばされようが、酷い言葉を掛けられようが、おにいさまおにいさまと毎日健気に兄を呼んだ。
忙しくてあまり遊ぶ事の出来ない優しい父の面影を、アルバートの面差しに重ねて見ていたのかもしれない。
それから更に十年以上が経ち、アルバートは二十八歳に、白雪は十六歳になった。
◆◆◆◆◆
真っ白で清潔なクロスに覆われたアンティークのダイニングテーブルの上には、様々なスイーツが置かれていた。
三段のケーキスタンドには一口大の可愛らしいカップケーキが並び、その隣の皿には繊細な模様が描かれた小さなチョコレートが乱れなく整列している。
さっくりとした生地のアップルパイに、良い香りの温かな紅茶は欠かせない。
高い天井にまで届く大きな窓が等間隔にはめ込まれた部屋の中に、柔らかい日差しが降り注ぐ。
そんな穏やかな午後に不釣り合いな憂いの表情を浮かべたアルバートが、窓の外に広がる青空を眺めていた。
大人になり色気の増したその横顔は若かりし日の国王を彷彿とさせる。
男らしい顔立ちか否かで判断すれば全盛期の父親には敵わないが、母親の美貌を合わせて受け継いだアルバートの容姿は、美青年という言葉では足りないくらいに芸術的だった。
肖像画を描かせる為に呼び寄せた著名な画家達が、彼の美しさを表現出来ずに筆を投げた、という噂が広まるほど。
昼下がりの一時を甘いお菓子と共に過ごすアルバートの向かいの席には、一人の男が座っていた。
激選した整髪用洗剤を使い、高級な衣服で身を包み、頭のてっぺんから足の爪先まで輝きを放っているようなアルバートと違い、着古された安物の服を纏った男だ。
褐色の髪を前髪ごと後ろに撫で付け、後頭部で適当にひとつに結んでいる。纏め損ねた毛束が、こめかみの辺りから頬に沿って一筋垂れていた。
アルバートと比べると凡庸に見えてしまうのは仕方が無いが、それでも顔立ちは決して悪くない。
この国では高身長の範囲に入るアルバートよりも更に背が高く、筋肉の乗った逞しい体や日に焼けた肌からは精悍さを感じ取れた。
ただ、常に眠たそうに下がった瞼と、やる気の感じられない表情が、せっかくの良い素材を安く見せてしまっている。
男は無骨な指で繊細なティーカップのハンドルを掴み持ち上げると、紅茶をゆったりと喉に流し込み息を吐いた。
「それで、アルバート。俺を呼び出した理由は? まさか一緒にティータイムを過ごす為に呼んだわけじゃないだろう」
「……あぁ、それが」
意味深に頭を抱えて項垂れるアルバートが何かを喋り出そうとした時、コンコン、と、控え目に扉を叩く音がそれを遮った。
声を出すのも億劫そうなアルバートに代わり、男の方が「どうぞ」と扉に向かって声を掛ける。
扉はすぐに開き、愛らしい容姿をした華奢な少年が室内へと入って来た。
少年は胸に何冊かの本を抱いていて、来客の存在に気付くと申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「猟師さん、遊びにいらしてたんですね。お邪魔してすみません、また後で来ます」
「待て」
少年が部屋を出て行こうとすると、テーブルに伏していたアルバートが勢い良く椅子から立ち上がった。
脇目もふらず、突進する猪のような迫力で扉の方へと向かって行く。
「……ふふふ、白雪。お兄様に何か用があって来たのだろう? 何でも言ってみなさい」
つい先程までの暗い表情など忘れてしまったかのような満面の笑みを浮かべたアルバートが、少年の背に手を添えて部屋の中へと招き入れる。
わずかな凹凸すらないすべすべの白い肌、触り心地抜群のつやつやの黒髪、大きくてくりくりの黒い瞳、うるうるの唇は林檎色。
年齢を重ねて美貌に磨きがかかったアルバートと同様に、弟の白雪も更に美しく愛らしい少年へと成長していた。
白雪には母親の面影が色濃く出ており、女の子と言われれば簡単に信じてしまいそうなほど華奢な体と可愛らしい顔立ちをしている。
「白雪、お小遣いが欲しいのかな? 全く、仕方無いなぁ、お兄様が小切手を用意してあげるから好きな金額を書くと良い。そうだ、お菓子も食べるか? 白雪が大好きなアップルパイもあるぞ」
アルバートは白雪の体を抱き締め、艷めく黒髪を撫でながら同時にすりすりと頬擦りをする。人の顔というのはここまで溶けるのかと思う程に緩みきった表情だ。
アルバートの腕の中でもみくちゃにされている白雪は、困ったように苦笑を浮かべながらも、抵抗もせずに兄の激し過ぎる愛情表現を受け止めていた。
「あ、あの、お兄様。お小遣いもお菓子もお気持ちだけで充分です……、有難うございます……」
放っておいたらいつまでも撫で続けていそうなアルバートの胸を、白雪がそっと優しく押し返す。
二人の間にようやく距離が開いた所で、白雪は胸に抱いていた本をアルバートに差し出した。
「借りていた本をお返しに来ました。有難うございます、とても面白く読ませて頂きました」
「あぁ、もう読んだのか? もっとゆっくりで良かったのに」
「はい。でも、僕がお家を出て行くまでにお返ししておきたかったので」
本を受け取ったアルバートは、白雪の言葉に表情を固める。
顔は笑んだままであったが明らかにぎこちなく、口角がひくひくと痙攣していた。
「それでは失礼致します。猟師さん、どうぞごゆっくりして行って下さい」
白雪は兄に頭を下げた後、二人のやりとりをテーブルから傍観していた男……、猟師でありアルバートの幼馴染みでもある男に対しても礼儀正しく挨拶をした。
部屋から白雪が出て行ってしばらくその場に立ち尽くしていたアルバートだったが、そのうち、先程まで座っていた席にふらふらと戻り始めた。
倒れ込むように椅子に座るや否や、手にしていた本を投げ出しぐったりとテーブルに伏せる。
「はぁ……」
本日何度目か分からない憂いの溜め息が吐き出された。
気のせいか、母親譲りの眩い金髪が今は萎びて見える。
「……なぁ、この世で一番美しいのは誰だと思う……?」
アルバートは顔を伏せたまま、目の前に座る男に問い掛けた。
「お前が一番綺麗なんじゃないか」
本気でそう思っているのか問い質したくなるようなぼんやりとした表情で男が答える。
アルバートにとっては一応喜ばしい答えが返って来たというのに、顔に落ちた影は晴れないままだ。
どころか、不満そうに眉間に皺を寄せ、威嚇するような低い声と共に相手に鋭い視線を向けた。
「いや、適当に言ってんなよ、真面目に聞いてんだよこっちは」
ぐるるるる、と、今にも獣の唸り声が聞こえてきそうな表情でアルバートは男を睨み付ける。
そんな視線で射抜かれても男は動揺した様子も見せず、自分の皿に乗っている一切れのアップルパイにのんびりとフォークを突き立てた。
「はいはい。白雪が一番綺麗だって言ってほしいんだろ」
白雪、という言葉が出ると同時に、アルバートの顔がパッと明るくなる。
険しかった表情がみるみるうちに崩れていき、ふふふ、と、堪えるような笑い声が漏れた。
「そう。そうだ。この世で一番美しいのは白雪に決まってる。美しいだけじゃないぞ、可愛くて、性格も良い。あの子は天使だ。いや、白雪を前にしたら天使だって霞んで見えるだろうな……!」
アルバートはとうとう声を上げて笑い出す。
椅子が後ろに倒れそうなほど反り返ってみたり、逆に机に突っ伏して、くくくく、と声を殺して笑ってみたり。
普段の彫刻のような凛とした表情はすっかり消え失せてしまっている。
部屋の隅に控えているメイド達も、つい先程まではアルバートの横顔に見蕩れていたのに今は苦笑を浮かべていた。
アルバートの前に座っている男だけが、表情を崩さずにその奇行を眺めている。
「もしかして、その世界一美しい白雪が家を出て学校の寮に入る事になったもんだから愚痴を聞かせる為にわざわざ俺を呼び出したのか?」
アップルパイをもぐもぐと咀嚼しながら、男が淡々と尋ねる。
部屋中に響いていた笑い声がぴたりと止まり、どんよりとした影が再びアルバートの身に覆い被さった。
「…………あぁ」
「ずっと説得していたじゃないか。結局駄目だったのか」
「…………駄目だった」
今思い返してみても、あらゆる天変地異に見舞われたような衝撃と悲しみの出来事だった。
高等学校の二年生に進級した白雪が突然、家を出て学校の寮に入りたいと言い出したのだ。
アルバートは毎日のように説得を繰り返し、寮にはおばけが出るぞと怖がらせてもみた。
最終的には、行かないでくれと足元に縋り泣き落としを試みたものの、結局白雪の決意は変わらなかった。
父と母にも説得の協力を仰いだが、逆に「そんなにしつこいと白雪に嫌われてしまうぞ」と窘められてしまった。
白雪と離れるのは嫌だが、彼に嫌われる事はアルバートにとって死を意味する。
そうして、離れたくないという気持ちと嫌われたくないという気持ちとでアルバートが葛藤している間に、白雪は着々と入寮手続きを進めてしまったのだった。
「この世で一番の美貌を持つ白雪が一人暮らしなんて、そんな……っ、誘拐してくれ襲ってくれと言っているようなものじゃないか……っ!」
「寮に入るんだろう? 一人暮らしとは違う」
「それはそれで大問題だろうが……! 思春期真っ只中の男子生徒達が白雪と生活を共にする事になるんだぞ……!? 絶世の美女さえも足元に及ばぬ白雪がそんな所にいたら、不埒な感情を抱いた獣達に何をされるか分かったものじゃない……!」
アルバートはまるで悲鳴のように声を荒らげながらテーブルを何度も叩く。
「あぁっ、俺の可愛い白雪……!」
アルバートが白雪を嫌っていたのは、もはや過去の話だ。
毎日毎日おにいさまおにいさまと可愛らしい声と共によちよちと追い掛けられ、小さな手をいっぱいに広げて抱き着かれ、些細な反応を返しただけで嬉しそうに無邪気な笑みを向けられれば、邪険にし続ける方が難しかった。
俺は騙されないぞ、決して絆されたりはしない。
そうやって別の意味で白雪を避けていたアルバートだったが、一度歩み寄ってしまえば簡単に転がり落ちてしまった。
甘やかすのを止められず、今となっては誰よりも白雪を愛しているのだ。それはもう、過剰なくらいに。
結婚適齢期を迎え、周囲からは毎日のように結婚を急かされているが、アルバートはいまだ独身を貫いている。
形式ばかりの妻に時間を割くくらいならば、その分を白雪と過ごしたかった。
同じ熱量とまではいかずとも、白雪も兄とずっと一緒に居たいと思ってくれていると信じていた。それなのに。
「落ち着けよ……。あの学校は警備も厳重だし、身分の高い家の子供が多い。そんな簡単に攫われた犯されたが起こるとは思えないが」
「いいや……! 俺には確信がある……!!」
「白雪が美しいから、というのは確信とは言わないぞ」
「…………俺は、見たんだ」
これから重大な証言を始めるぞと言わんばかりに、アルバートは低く張り詰めた声を出した。
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