白雪王子、その後(★)

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白雪王子、その後(★)

 夏の長期休みに入ってすぐ、白雪は実家に帰省した。  今年の春に寮に引っ越してからは一度もこちらに帰って来れなかったので、約三ヶ月ぶりの我が家だ。  たった数ヶ月の事なのに、何もかもがひどく懐かしく感じて少しだけ胸が弾む。  家族ばかりか家臣総出の出迎えには流石に驚いたが、皆の元気そうな顔が見れて嬉しかった。  夏期講習があるので実家に居られるのは一週間ほどの予定だが、何をしようかと考えるだけで楽しくなって表情が緩んでしまう。  しかし、そんな白雪にもひとつだけ、どうしても拭い去れない不安要素があった。 「あ……、あの、お兄様……、ご連絡した通り……、僕の……、せ、先輩です」  見るからに不機嫌そうに顔を歪めている兄に圧倒されながらも、恐る恐る同行者を紹介する。 「お兄様初めまして、リオと申します。白雪がいつもお世話になってます」  白雪の隣に立っていたリオが、一歩前に進み片手を差し出す。  白雪の兄であるアルバートは、ふん、とあからさまに顔を背けたが、白雪の不安そうな表情に気付き、慌てた様子で笑みを浮かべた。  ぎこちない動作で、差し出された手を掴む。アルバートの綺麗に切り揃えられた爪が、リオの手の甲に深く喰い込んでいく。 「いやぁ、初めまして。白雪がお世話になってます、っていうのはこっちの台詞なんだけど、参ったなぁ、あははは……。それに俺は君のお兄様ではないしね、あはははは、面白いねぇ」  一定の音を叩き続けるような抑揚の無い笑い声と、顔の筋肉が引き攣れた不自然な笑顔。  仕事で人と接する事の多いアルバートはどんな状況でも最高の笑顔を作れる達人なのだが、それが嘘のように今は顔を強ばらせている。  白雪は自分が鈍感であると自覚していたが、二人……というか主に兄の方から溢れ出す剣呑なオーラには嫌でも気が付いた。 「ご、ごめんなさいお兄様……、僕達一度部屋に行きますね、また後でお話しましょう……っ」  兄と先輩をこれ以上同じ空間にとどめておいてはいけない。  本能で危険を悟った白雪は、兄に軽く頭を下げてから、早く早くとリオの背中を押して自分の部屋を目指した。 「あぁ、おもしれ~。お前の兄貴の顔、色んな意味で凄かったな」  白雪の私室に入るなり、リオは息を吹き出して先程の出来事を笑い始めた。 「お兄様を馬鹿にするのはやめて下さいっ」 「馬鹿にしてないって、褒めてんだよ」 「絶対嘘ですよ……」  久しぶりの自室は、最後に見た時と何ら変わらない様子で白雪を迎え入れてくれた。  必要な物は寮に持って行ったので若干見目寂しい部分もあるが、一週間滞在するくらいなら特に困る事も無い。  使用人達が定期的に掃除をしたり換気をしたりしてくれていたのか、数ヶ月間空き部屋状態だったとは思えないほどに埃ひとつ無い。  白雪の荷物が詰まった小型のトランクケースを使用人が先に運び込んでくれていて、ソファの横に丁寧に置かれていた。  リオの荷物は来賓用の客室に運ばれているはずなので、ここにあるのは白雪の荷物だけだ。  白雪はソファに腰を下ろすと、速度を増していく鼓動を落ち着ける為に何度か深い呼吸を繰り返した。 (本当に、うちに泊まるの……?)  一ヶ月ほど前、夏期休暇に入ったらしばらく実家に帰る、とリオに話したのが始まりだった。  ただの報告というか、世間話のつもりだったので、まさか「じゃあ俺もついていこうかな」なんて言葉が返って来るなんて思ってもみなかった。  リオ自身の帰省は休みの後半に予定しているそうで、白雪の帰省期間には時間を作れるから丁度良いだろと言い出したのだ。  勿論最初は断った。嫌というわけでは無いのだが、実家での自分の姿を見られる事に何だか恥ずかしさがあった。  けれど、一緒にいたい、だの、白雪が育った場所を見てみたい、だの、普段は口にしないような甘い台詞で詰め寄られ、白雪の意思はふにゃふにゃに溶けてしまった。  リオには別室を用意してもらっているので同じ部屋同じベッドで眠るわけではないのだが、自分の家に彼の姿があるだけでひどく落ち着かない。  気まずい沈黙をどうしようかと白雪が悩んでいると、白雪の隣にリオが腰を下ろし、耳に吐息が当たるほどの至近距離に顔を寄せて来た。 「な、何ですか……」 「何だと思う?」  リオは白雪の肩に腕を回し、唇の隙間からちらりと舌先を覗かせた。  それだけでリオの求めている事が分かり、顔が熱くなる。  白雪はふい、と顔を背けると、特に見るものもない床に視線を貼り付けた。 「わかりませんっ」 「ふうん、じゃあ教えてやらないとな」 「あっ」  顎を掴まれ、無理矢理視線を合わされる。  目尻のつり上がった涼し気な赤褐色の瞳が目前に迫り、白雪は反射的に目を閉じた。  互いの唇が何度か弾むように触れ合った後、わずかに開いた隙間を狙ってリオの舌が潜り込んで来た。  激しさを増していくキスに逃げ腰になっていると、それを追うようにリオの体がのしかかってくる。  重なり合う二つの体が、広めのソファに横たわる。 「あ、う……っ、だめ……、僕の家で変な事しないで……」 「変な事って……、こういう事とか……?」 「ん、やぁ……っ!」  股の間を大きな手の平で揉まれ、逃れようと身を捩る。  その手は服越しではあったが腹や胸の上をも這い回り、白雪の身の奥に潜んだ熱をじわじわと引き摺り出す。 「ソファやベッドはもちろん、テーブルや床の上でだって抱くから。お前意外と声大きいし、窓辺とか扉の前でもやったら外に聞こえて楽しいかもな……?」  笑みを作った唇が耳元に擦り寄り、甘く痺れるような低い声が吐息と共に送り込まれて来る。  リオを自宅に招くと決めた時点で、彼が一週間も禁欲してくれる訳が無いという諦めにも似た予感はあった。  けれどそこまで何の遠慮もなく抱かれてしまったら、今後この部屋に帰って来る度に色々と思い出していたたまれなくなってしまう。  ベッド、テーブル、窓辺、扉……。リオが言った場所を視線で辿ると、そこで抱かれる自分の姿を想像してしまい白雪の白い頬にぶわっと赤色が滲んだ。 「バッ……、カじゃないですか……っ! 何で、いつも、そんな事しか考えてないんですか……っ、最低……! 変態ですよ……! セクハラ……!」  リオと交際を始めてから約三ヶ月、俺様で自分勝手な性格の彼はいつもこんな感じだ。  近くに人がいようとお構い無しで、隙さえあれば触れて来る。  寮、という、いつでも互いの部屋を行き来できる空間は便利でもあるが厄介な事も多い。  毎日のようにどちらかの部屋で抱かれ、一日にするキスの回数に至っては多い時は数えていられないほどだ。  いつもいつも流されてしまう自分にも非はあると思うが、もっと自重してもらいたい。  白雪はそんな抗議の意を込めて、自分の体に覆い被さるリオの胸を何度も叩く。  しかし、ほとんど力の入っていない拳では彼の体を揺らす事すら出来なかった。  リオは可愛らしい抵抗を見せる白雪の姿を眺めながら、笑う事を堪えきれないと言わんばかりに小さく息を吹き出した。 「お前さぁ、何で俺の前でだけそんなに行儀悪いの? 最初の頃はいっつもニコニコして従順だったのに」  過去を恋しがる口振りでありながら、楽しそうに笑んだ顔で問い掛けてくる。 「先輩に気を遣っても、仕方が無いので……!」  いつの頃からだったか、白雪は自分の本心を曝け出すのが苦手になっていた。  容姿も性格も完璧な両親と兄に囲まれて、自分ばかりがひどく劣っているように感じ始めたのがきっかけだったように思う。  周りの人達は皆良くしてくれていたが、家族の中で一人だけ不出来な自分に同情をしているのではないかとすら考えるようになっていた。  両親や兄のように周囲に好かれる魅力が無くとも、せめて嫌われないようにと、いつも笑顔で、誰に対しても礼儀正しく振舞うように心掛けていた。  我儘を言わない。相手の言葉を否定しない。意見が合わなかった時は自分の意志を押し殺す。  そうしていたら、自分を好きだと言ってくれる人が周りに沢山増えて友達もいっぱい出来たが、誰と話していてもいつも壁のようなものを感じていた。  けれどリオは出会った頃からこんな感じで、白雪を上手に挑発しては心の奥に押し込んだ気持ちを引っ張り出してくれる。  毎回そんなやり取りを続けていたら、何だか気を遣う事に疲れてしまって、リオ相手にはあまり言葉を選ばなくなった。  思った事を口にする。嫌な事は嫌だ、やめてほしい事にはやめて下さい、と言う。  そんな当たり前の事をちゃんと声に出せるのが気持ち良かった。  そしてそのうち、リオばかりか友人達にも自分の思いをちゃんと伝えられるようになっていた。  相手の意見を否定すれば嫌われてしまうと思っていたのに、寧ろ正直な意見を言う事で話が弾み始める場合が多く驚いた。  こちらが過度に遠慮していた事で、相手側にも気を遣わせていたのだと気付かされた。  意図せぬ所で交友関係が良好に回り始め、その嬉しさのあまり、リオについその喜びを語ってしまった事があった。  友人関係もまともに築けていなかったのか、と、馬鹿にされると身構えていたが、リオはいつもの笑みを浮かべながら「良かったじゃん」と一言言って大きな手で頭を撫でてくれた。  胸がぎゅうっと苦しくなって、何だか泣きたくなったのを覚えている。  今までリオの嫌いな所ばかりを見ていた白雪が、そうでは無い部分を探り出したのはそんな出来事の後だった。  他人の目を気にせず自由に振る舞える奔放な性格に憧れる。  意地悪な時の方が多いけれど、困ってる時には助けてくれたりもする。  少し強引に肩を引き寄せられるのも雑に頭を撫でられるのも最初は嫌だったが、恥ずかしさは変わらずとも構ってもらえて嬉しいと思う瞬間が増えた。  けれど、その喜びに反して表情や体が緊張でがちがちに強ばってしまう。加えて心臓があまりにも激しく脈打つので、何かの病気なのではと本気で悩んだ事もあった。  その原因が恋心によるものだと分かった今でも、症状はあまり改善していないけれど。 (先輩、昔の僕の方が好きなのかな……)  愛想の良かった過去の自分を振り返り、ちくりと痛んだ胸を手で押さえる。  やめて、だの、駄目、だのと嫌がってばかりいる恋人など、確かに可愛くはないかもしれない。  けれど心の底から拒絶しているわけではなく、照れ隠しでつい言ってしまう時がほとんどなのだ。 「ど、どうせ、今の僕は可愛げ無いですよ……」  また表面上だけの怒ったふりで、不安に満ちた本心を隠してしまう。  リオの前では飾らない自分で居られるのに、ここぞという時に素直になれない。  自己嫌悪に苛まれ項垂れていると、頬にリオの柔らかな唇が触れた。 「まぁ、確かに可愛げは無くなったけど……、俺的には今のお前の方が可愛いし」 「う、嘘……っ!」 「ホントホント。なんか、こう、いっつも唸って威嚇して来るくせに、一緒に散歩に行く時だけは尻尾ぶんぶん振り回してる犬を見てる気分」 「……そんなの可愛くない」 「可愛いって」  拗ねてむすっと尖った唇に、リオが笑い声を上げながら口付けた。  リオは良く嫌味で「可愛い」という言葉を使うが、今のはそれとは違う意味なのだと、優しく触れ合った唇から伝わって来る。  甘いキスに溶かされて消え行く理性が「流されては駄目だ」と必死に訴えているのに、体が動かない。口の中で奔放に動き回るリオの舌を、無意識に追ってしまう。  わずかな息継ぎの間に「好きだ」などと、滅多に聞かない真剣な声色で囁かれてしまえば、もう四肢を投げ出して降参するしかなかった。 「ん、く、あ……っ、ふぁ……っ!」  ソファの肘掛けを枕にするように仰向けに寝そべり、両足を左右に開く。  そのまま自ら膝裏を抱えて、胸元に押し付けるように固定した。  下着とズボンは床の上に投げ捨てられており、白雪の真っ白な足ばかりか、膨らんだ性器や臀部の谷間の奥まではっきりと電灯の下に晒されている。  リオはいつもその部分を慣らす際に指や舌を使ってしつこいくらいに広げてくるのに、今回は少し早めに切り上げて早々に昂りを埋めて来た。  そのせいか、入って来る時に少し引き攣るような感覚があったものの、それでも、リオの唾液で充分に濡らされ解されていた孔は、太く逞しい雄を根元まで受け入れてしまった。   「ふ……。中、すっかり俺の形になっちゃって……」 「やっ、う、な、なってない……っ」 「ふうん……?」 「あっ、待っ……! 駄目、急に、動かないで……っ!」  ソファごと揺れてしまいそうなほどに大きく腰を揺すられ、喉の奥に沈んでいた声が押し出される。  体の中の、浅い所から深い所まで満遍なく撫でるように、張り詰めた性器が肉壁をゆっくりと摩擦する。  その部分に体中の快楽神経が集まってしまったみたいに、わずかな刺激だけで声を抑えられないほどの快感が走った。  初めて体を重ねた時は痛いばかりでもう二度としたくないと思った程だったのに、今はどうして、どんなに強引に抉られても気持ちが良いばかりだ。  自分が知らなかっただけで元々淫乱な体質だったのか、それとも、好きな人と愛し合い続けると誰でもこんな風になってしまうのか。  白雪は自分の事を穢れのない純粋無垢な人間などと思った事は無いが、世間が自分に対してそれに近いイメージを持っている事は知っていた。  もしもリオもそういう綺麗な白雪が好きだったとしたら、排泄口をこじ開けられて悦ぶような今のこの姿をどう思っているのだろうかと不安になる。 「あぁっ、せ、せんぱい……っ、こんな、僕……っ、どうしよう、い、はっ、いやらしく、なっちゃった……っ」 「ばぁか、いやらしくなるようにしてんだよ。お前は俺じゃないと駄目だって、体に思い知らせてやんないと」 「そっ、んな……僕は、先輩以外と、なんて……、で……、でも、こんな体、僕の事……嫌いに、ならない……っ?」 「むしろ、俺としては足りないくらいなんだけど……?」  リオの腰の律動が速さを増し、容赦が無くなっていくほどに、白雪の口から吐き出される嬌声も大きくなっていく。  揺れる体に合わせて、頑丈なはずのソファが小さな悲鳴を上げて軋む。  白雪の華奢な体に、それよりも大きく男らしい肉体がのしかかって来て息が詰まった。最早抱き締められているのか押し潰されているだけなのか分からない。  しかし白雪は、それだけくっついていてもまだ寂しいと言わんばかりに、激しく前後するリオの腰に自らの足を巻き付けた。  意識が何度も弾けては遠のいていく感覚に、限界が間近である事を悟る。  全身に広がっていた快楽が下腹部の一点に集まり始める。  リオの広い背中を抱く手に無意識に力が籠り、細い指先が汗の滲む皮膚に沈んだ。 「あぁっ、う……! やっ、せんぱい……っ 、好き、あっ、うあっ! ふぁっ、好、きっ……!」 「白雪……っ」 「ああぁっ……!!」  背中が大きく反って、堪えきれない歓喜に満ちた嬌声が上がる。 「白雪! お兄様がジュースとお菓子を持って来たぞ! 一緒に……」  白雪の中心から絶頂の証が吹き出すのとほぼ同時に、扉が勢い良く開く音とはつらつとした明るい声が響き渡った。  白雪は、リオの引き締まった裸体を腕でも足でもしっかりと抱き締めた淫らな体勢のまま、呆然とそちらに顔を向けた。 「……おっ、お兄様……っ、あっ、ひっ……」 「あらら、見られちゃったな白雪」 「…………。…………」  凍えるような沈黙の後、獣の断末魔のごとき兄の悲鳴と、羞恥に泣く弟の震えた悲鳴が、広大な屋敷の中を走り抜けた。
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