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赤ずきん✕狼少年/純愛/甘々/獣耳/不器用攻/元気ワンコ受/不幸な過去持ち/自慰手伝い/初性交/淫語/ラブイチャEND
◆◆◆◆◆
ルイスの家は、人里から少し離れた山の中にあった。
近隣には人の住む家はほとんど無く、買い物にも不便な立地だったが、窓からは四季折々の山の景色を見る事が出来て空気も水も森も何もかもが綺麗な場所だった。
そんな自然豊かな場所に建てられた小さなログハウスで、ルイスは母親と二人で静かに暮らしている。
父親は、もう何年も前に亡くなってしまった。
病床の父に「これからはお前が母さんを支えてくれよ」と任されたルイスだったが、その約束は今の所果たされているとは言えない。
「ルイス、いつまで寝てるの! もうとっくにお昼過ぎてるわよ!」
カーテンを締め切った薄暗い部屋で毛布に包まれ眠っていたルイスは、扉を叩く音と母親の騒がしい呼び声で目を覚ました。
しばらくは毛布の中から出られずにいたが、止まない怒号に観念して渋々ベッドから起き上がる。
「まったく、毎日毎日部屋にこもってばかり。よく飽きないわね」
「うるさいなぁ……」
「たまには外に出ないと干からびちゃうんだから」
呆れた様子で溜め息を吐く母親の横を通り抜け、洗面所を目指す。
洗顔と歯磨きを済ませ、寝巻きのままダイニングルームに向かうと、四つの椅子が並べられた木製テーブルの上に美味しそうな朝食兼昼食が置かれていた。
母親は既に食事を終えたのか、ルイスの分しか用意されていない。
椅子に座りゆったりと食べ進めていると、やけに小綺麗な服に着替えた母親が再び姿を現した。
イヤリングを耳にはめたり髪を整えたりしながら、ルイスの後ろを慌ただしく行ったり来たりしている。
「今日は街までお洋服を売りに行って来るから、貴方はおばぁちゃんの所に新しいお洋服を届けてきて。最近体調が良くないようだからあまり長居して負担掛けたら駄目よ」
「えぇ……、母さんが街に行く途中で届けろよ……」
「馬鹿ね、方向が反対でしょ。遠回りになっちゃう。たまのお手伝いくらいしなさいよ」
「……はいはい」
父の死後、母は趣味だった洋裁の腕を生かし、街で服を買い取ってもらうことで生計を立てている。収入がどれくらいになっているのかルイスは知らないが、オーダーメイドの注文が定期的に入るくらいには繁盛しているようだ。
母の仕事が忙しい時はよく手伝いを強要されて面倒だが、養ってもらっている手前あまり強くは拒否出来ない。
母親に任せっきりの生活に負い目を感じている、と言うより、あまり我儘が過ぎると丸一日食事を抜かれたり家から放り出されたりと厳しい仕置きを受けるので強く反発出来ないのだ。
母親は、ルイスの祖母への贈り物である洋服が何枚か入った柳編みのバスケットをテーブルの上に置くと、よろしくね、と言って出掛けていった。
外に出たくないという気持ちがありありと滲み出るゆったりとした動作で食事を進めていたルイスだったが、パンの欠片ひとつまで食べ終えてしまえばいよいよ覚悟を決めなければならなかった。
空っぽになった皿を見下ろし、長い溜め息を吐く。
「行くか……」
皿を流し台に片付けてから、部屋に戻って外出用の装いに身を包んだ。
真っ赤なケープを羽織り、首の後ろについている大きなフードを目深に被る。
玄関の扉を開くと、フードで太陽光を遮っていても眩しいと感じるほどの快晴で思わず足が竦む。
わずかの時間たじろいだ後、春風に手を引かれるようにして室内と外界との境界線を跨いだ。
ルイスは、この赤いケープとフードで顔と体を隠していないと外に出る事が出来ない。
ルイスの髪や睫毛は雪で染めたような純白で、皮膚も一般的な肌色と比べれば明らかに白かった。
体のどこもかしこもが真っ白なのに、瞳ばかりが血溜まりみたいな赤に染まっている。
そんな見た目が原因で、前に住んでいた場所では数え切れないほど辛い目にあった。
不気味だと敬遠され、化け物だと石を投げられ、触れただけで悲鳴を上げられた。珍しい生き物だと言われ誘拐されそうになった事もある。
そんな生活を送っていると家の外に出るだけでも恐ろしくなり、とうとう学校にも行けなくなった。
それを哀れに思った父親が、このケープを贈ってくれた。
ルイスのコンプレックスである髪と肌と瞳を覆い隠すのに丁度いいだろうと。
数ある色の中で父が赤を選んだのは、これだけ派手な赤色ならばみんなケープにばかり目がいってルイスの髪や肌の色には気付かないだろうと思っての事だった。
実際、このケープで身を隠している時だけは少しだけ他人の目を気にせずにいられた。
視線を感じても、皆、このケープの美しい赤色に見蕩れているのだと錯覚できたからだ。
今は亡き父親が最後にプレゼントしてくれた特別な物という事もあり、このケープを身に纏っていないと落ち着いて外を歩けない。
苦しい思い出ばかりの閉鎖的な故郷を捨て、様々な人種が入り乱れる開放的なこの国に引っ越して来てからもそれは変わらない。
人種に寛大な国だから大丈夫、と言われても、人の多い場所ではどうしても体調に異変をきたしてしまう。
息が出来なくなる。悲鳴を上げて逃げたくなる。
父と母はそんなルイスを思ってこんな山の中に家を買ってくれたのだった。
少し歩いた所に祖母の家があるが、それ以外には店どころか人家も殆ど無い。
ルイスとは違い社交的な母親にとっては不便で仕方無い立地だろうが、それを不満に思うような言葉をルイスの前で口にした事は無かった。
いつも明るく、普通の息子として接してくれる事を有難いと思う。
過剰なまでに気を遣われたり、息子の不幸を嘆き悲しんだり、逆に、頭ごなしに怒鳴られるような事があったならば、ルイスはより一層己の運命を怨み家の中に引き篭っていたに違いない。
「赤ずきんくん!」
祖母宅へと続く道を歩いている途中、背後から弾けるような明るい声が聞こえて、ルイスはぎくりと表情を強ばらせた。
反射的に声が発せられた方向に振り返ろうとしたが、寸での所で思い留まり、再び進行方向へと視線を戻す。そのまま、呼び声に気付かないふりをして歩みを再開した。
声の主から逃れるように、自然と歩幅が大きくなる。
赤ずきんくん。ルイスをそんな風に呼ぶ者は一人しかいない。
「赤ずきんくん! 赤ずきんくんってば!」
ルイスの後を追う声がいよいよ間近に迫るのを感じたのと同時に、背中にどかりと激しい衝撃を受けて思わず前のめりに倒れ込む。
地に手と膝を付いたルイスのすぐ背後から、えへへへ、と浮かれた笑い声が聞こえた。
背中にぴたりと抱き着いたその人物を、ルイスは顔だけで振り返り睨み付ける。
「危ないだろ……っ!」
「赤ずきんくんの匂いがしたから急いで来たんだっ。嬉しい、久しぶりに会えた!」
その人物はルイスの頬にすりすりと頭を擦り付け、首元に回した腕にぎゅうっと力を込めた。
窒息の危機を感じ思わず腕を振り上げて払い除けると、その人物は軽々と飛び上がり地に足を付けた。
ルイスは手についた砂を落としながら立ち上がり、その人物の方へと向き直る。
「いつもいつも突然抱き付くな……!」
「突然じゃないよ、名前呼んだもん」
フードの影から放たれた険しい視線の先には、ひょろりとした細身の少年が立っていた。
身長はルイスよりわずかに低いくらいなのだが、遠目からでも肉付きの悪いと分かる薄っぺらな体躯のせいで随分小柄に見える。
肌はミルクをたっぷり注いだココアのような柔らかな褐色で、髪の毛は濃いグレーとも白味を帯びた黒とも表現出来る。
着ている服は上下ともにひどく色褪せていて、糸は所々ほつれ、今にも穴があきそうなくらいに生地が擦り切れている部分が多い。細かな傷だらけの靴は土で酷く汚れている。
それだけでもなかなかに衝撃的な格好なのだが、髪と同じ色をした獣耳と、意志を持ったように揺れるもふもふの尻尾を見れば誰もが重ねて驚く事だろう。
例え沢山の人種が暮らしているこの国中を探しても、彼と同じ種族、“狼人間”を見つけ出すのは不可能ではなかろうか。
「赤ずきんくんは、お散歩してたの?」
「違う、ばぁちゃんの所に……」
言って、転倒した際に投げ出されてしまったバスケットの存在に気付く。
地面の上に転がったバスケットを慌てて拾い上げ、中身を確認する。
綺麗に畳まれていた洋服は少し崩れてしまっていたが、汚れていたり破れていたりといった事はなさそうだ。
ほっとしながら顔を上げると、目前に獣耳の生えた少年の顔があり、びくりと体を跳ねさせ後ずさった。
「あのね、赤ずきんくんがいない間にお花たくさん咲いたんだよ」
「花?」
「うん。ほら、この先にある」
ここから少し森の奥に入った所に花畑がある。
元々この山は花の多い場所ではあるのだが、春になるとその一帯にはいろんな色や形の野の花が足の踏み場もないくらいに咲き乱れる。
外出が嫌いなルイスも、春になるとその光景を思い出してついつい出向いてしまうほどの絶景なのだ。
「そうだ、おばぁちゃんにもお花持って行ってあげたら? きっと喜ぶよ!」
狼は名案だと言わんばかりに笑顔を輝かせ、体を弾ませた。
正直、相手が身内でお年寄りとはいえ、女性に花を贈るなんて柄では無いのだが。
しかしすぐに、体調を崩しているという祖母のお見舞い代わりになるだろうかと思い直す。
「……ちょっと見てみるか」
「うん! 行こ!」
「別にお前は来なくて良いよ」
「えーっ、やだよ、一緒に行く!」
見頃を迎えているであろう花畑を見たいという気持ちも後押しとなり、意気揚々と先導する狼と共に森の中へと入った。
歩き慣れた道を進んで行けば、狼の言う通り、色鮮やかな花園が眼前に広がった。
凛と立つ木々の濃い緑とのコントラストに加え、柔らかな木漏れ日が花畑の上にキラキラと舞い落ちる光景は言葉に出来ないほどの美しさだ。
毎年見ている景色だというのに、いまだに感動に胸を打たれる。
見て見て、と、まるで自分が咲かせたと言わんばかりに誇らしげな顔で花畑の中を駆け回る狼に続き、ルイスもその幻想的な世界へと足を踏み入れた。
「赤ずきんくん、赤ずきんくん、ちょっと手を貸して!」
「何?」
「良いから!」
地面に膝を付き花を摘むルイスの手を、半ば無理矢理に狼が引き寄せた。
周囲に咲いている花を編み込んで一本に繋いだらしいリボンをルイスの白い手首に巻き付け、外れないように両端の茎をしっかりと結ぶ。
「プレゼント! おれが作ったんだよ、いっぱい練習したんだから」
得意気に胸を張る狼の顔から目をそらし、勝手に巻き付けられた不格好な花の腕輪に視線を落とす。
輪というにはあまりにもガタガタだし、花が取れていたりおかしな所から茎が飛び出したりしていて見れば見るほど悲惨だ。
しかし、蝶蝶結びも出来ない不器用な狼少年が一人で作ったと考えれば、大した出来栄えなのかもしれない。
期待の眼差しで感想を待つ狼に対して作りの粗さを指摘するのはさすがに気が引けて、ルイスは一言、良いんじゃないか、と、一応は肯定的な言葉を送った。
そんな曖昧な感想でも、狼は嬉しそうに破顔して太い尻尾を何度も左右に振った。
そんな適当な一言でそこまで純粋に喜ばれると、逆に申し訳無くなってしまう。
もっと気の利いた言葉の方が良かっただろうか、と、手首に巻かれた不細工な花の帯を指で弄りながら少しだけ後悔した。
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