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村人が穏やかな人が多いということもあるが、猫のせいもあるだろう。
島は猫が多く、気ままに過ごしている姿をよく見かけた。
食堂へ向かっていたライラルも、ある猫の親子の姿を見て、足を止めていた。
ゆらん。ゆらん。
親猫が座って、しっぽをゆらしている。
子猫は目を開いて、夢中でしっぽにじゃれていた。
ゆらん。ゆらん。──たしっ。
子猫が前足を伸ばして、親猫のしっぽをつかまえる。
親猫は動じない。
しっぽを子猫の前足からするりと抜いて、またゆらん、ゆらん。
子猫は姿勢を低くして、しっぽを目線で追っている。
ゆらん。ゆらん。──しゅばっ。
子猫がしっぽに飛びかかっていった。
しっぽを離すもんかと必死に前足でつかまえる子猫。
「なーぅ」
親猫は座ったまま、気だるそうに一声、鳴いた。
「くっ……」
思わず笑ってしまいライラルはまた歩きだした。
階段を登って下りて。
見えてきたのは海の青。
海沿いのメインストリートに出ると潮の匂いがした。
島を一周する通りは体つきのよい男たちが行き交っていた。
魚の匂いがするので、漁師たちだろう。
ライラルは男たちの波に乗るように足を進めていった。
すると前を歩いていた男たちの話し声が聞こえてきた。
「教会の近くに花屋ができたってよ。今朝、かみさんにしつこく言われちまったぜ」
「……そりゃお前、なんかの記念日とかじゃねぇのか?」
男が首をかしげて考え込んだ後、手を叩く。
「結婚記念日だ」
「……お前、最低だな……」
あきれた声がしたが、ライラルの意識は花屋にむいていた。
(花屋か……イルザは花が好きかな……)
可愛すぎる彼女が花を持ったところを想像して顔がにやけた。
くしゃっと破顔しているうちに鮮やかなオレンジ色の建物にたどり着く。
看板に書かれた文字は、タンタタタン食堂。
昨日も、一昨日も。
その前も、前の前も。
食堂が休みの日以外は見てきた看板。
見るだけで胸が高鳴ってしまう。
この扉を開いたら彼女──イルザがいる。
ライラルは唇の両端を持ち上げ、鉄がはがれてツルツルになった取っ手を持ち、ゆっくり引いた。
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