イチゴジャム

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イチゴジャム

「こんにちは。今日はイチゴジャムを作る約束でしたね。材料も用意してくださりありがとうございます。随分と可愛いらしいイチゴを見つけてきましたね。とってもジャム向きですよ。さて。さっそく取り掛かりましょうか。まずは、瓶を熱湯消毒します。蓋も忘れずに。あ、エプロンしてくださいね。お気に入りの服がべたべたになっちゃいますよ。ヘタをとったイチゴと、上白糖。イチゴは洗いすぎないでくださいね、サッと汚れを落とすくらいで構いません。繊細な果物ですので、くれぐれも優しく。優しくですよ。強火で煮詰めながら、木べらでゆっくりかき混ぜます。「可愛いね」「キラキラだね」。声をかけてあげながら混ぜます。するとイチゴは、もっと魅力的になりますよ。あ、信じていないでしょう?本当なんですよ。人間と同じです。発する言葉よりも、かけられる言葉に寄せられるんです。知りませんでしたか?例えば、優しくしてほしい時は「優しいね」っていっぱい言うんです。すると不思議と本当に優しくしてくれるようになるんですよ。言葉は魔法ですからね。それはイチゴにも効きますから、きちんと褒めて伸ばしてあげてくださいね。ほら、だんだんとキッチン中が甘い香りで満たされてきたでしょ?手作りジャムの素朴というか、決して派手ではないこの香りがたまらなく好きなんです。昔、これと同じ匂いのネリケシ流行りましたよね。ええ、もちろん私も持ってましたよ。もっと安っぽい香りでしたけどね。大事にしすぎて、そのネリケシは誰にも触らせませんでした。だって宝物だったんですもん。勉強机の上の棚にちょこんと置いて、宿題の合間に伸ばしてはまとめてを繰り返しました。懐かしいですね。当時の私は、隣の子が消しゴムを忘れたら自分のを切って分けてあげる子でした。だからネリケシは学校に持って行きもしませんでした。持って行ったらあげなきゃいけないと思っていたからかな。持ち物は平等であるべきだと思っていたんです。それに何よりも、『困った人に分け合える子』それは私の『いい子の象徴』でした。まぁ、大抵は渡しすぎて自分の分が無くなってしまうのですけどね。でもね、そんな時、私が困ってる時には誰も消しゴムはくれませんでした。あの時は「私はあげたのに貴方はくれないんだ」って思ったものです。見返りを求めて自分の首を締めていたんですね。見返りを求める行為は、何も生まないのに。誰かに「いい子だ」と言われなければ意味がないと思っていたんです。気の毒ですよ。本当に。とはいえ、今の私があの時に戻れても同じことをしてしまう気もします。気の毒だと分かっていながらも『いい子』になってしまうこともありますよね。見返りを求めてしまうことも。でも、私は食材に見返りは求めません。当たり前かもしれませんが、彼らを美味しくするかどうかは私次第ですから。彼らに責任はありません。一生懸命、調理をするのみです。おっ、沸騰してきましたね。危ない危ない。お喋りしすぎました。弱火にしましょうか。少しずつイチゴをほぐしていってください。くれぐれも優しくね。強く押さなくてはいけないようでしたら少し待ってください。ちょっと押せばほろっといく柔らかさが目安です。そうそう、それくらい。「ほぐす」ではなく「崩す」にならないようにね。似てるようで大きく違いますよ。うん、いい感じ。木べらですくって畳んでを繰り返しましょう。焦げ付かないように、目を離さないで。砂糖って、焦げやすいんですよ。甘くしようと思ってたのにそれが原因で苦くなる、つまり真反対の結果を生むことになります。そうならないために、目を離さない。焦げ付きそうな所を見極めて、丁寧に、時間をかけるんです。早く甘くしようと焦って、沢山お砂糖を入れて強火で煮詰める行為はご法度ですよ。1番の近道は、しっかり向き合うことですからね。何事もそうです。人に変わって欲しい時だってそう。向き合うこと、丁寧に時間を使うことが1番早いんですよ。焦りは禁物。よく言うでしょう?いちごのジャム作りは、人とよく似ています。美味しいジャムにしたいなら、自分の時間を注いであげることです。そうそう、その調子でゆっくり混ぜて。眉間にシワを寄せてはダメですよ。愛おしく思う気持ちでその顔にはなりませんからね。小さな宝物を眺めるような、愛情を持って混ぜてくださいね。アクも一緒に混ぜましょう。アクは旨味ですよ。取ってしまうと既製品のような味になります。アクもひとつの調味料だと思ってください。イチゴ本来の、この子たちだけの味はここに含まれていますからね。いい具合になって来ましたね。火を止めましょうか。冷めないうちに瓶に入れましょう。ここも丁寧に。宝物を宝箱に戻す時、雑にいれる人がどこに居るでしょう。最後までイチゴを大事に想うことが、ジャム作りのコツですよ。ほら見てください。瓶に詰めると、キラキラして本物の宝石みたいでしょう。瓶を逆さまにして、空気が抜けるのを待ちます。この逆さまの瓶を眺める時がジャム作りで1番好きな時間です。さっきまでは、目を離さないようにって気を張っていたのに、いつのまにか目を離したくないになっているでしょう?時間をかけるってことは、自分の大切なものにしていくってことなんです。今、私たちにとってこのジャムは間違いなく大切になってるはずです。親が子供を大切なのだって、恋人同士が好き合うのだって、同じこと。相手を大事にすればするほど、自分自身が幸せになっていくんです。幸せになろうとしてはいけません。幸せにしようと思えることが、幸せなのですから。想える相手がいるということは、とっても尊く儚いのです。かくいう私も、実際は忘れがちになんですけどね。愛情というのは与えられるよりも与える方が簡単なのに、欲しいばかりになってしまうのですよ。私のよくない所です。戒めていきたいとつくづく思います。尊い事を忘れず、愛を与えること。料理をしていると、こんな風に幸せの本質について考えてしまいます。考えるというか、食材達に教えてもらっているというか。今日はイチゴだったので特にそうだったかもしれません。イチゴの花ってご覧になったことありますか?そうそう、白くて小さい花です。あれの花言葉は、『尊重と愛情』です。二つの言葉はきっと、同じ意味なんだと思いますよ。尊いものを重んじることと、愛を注ぐ気持ち。どちらも幸せを表すんじゃないかなって。そんなことまで考えながらする料理は楽しいですね。今日向き合って来たジャムもそう。少ない食材、単純な料理工程にも関わらず気を抜くと失敗してしまう代表的なレシピですから。でも今日は、こんなにキラキラ。大成功ですね。もうここまで来たら、あとは美味しく頂くのみですよ。蓋がぺこっと凹んできたら空気が抜けた証拠です。これで完成の一歩手前。ジャム自体は完成です。このジャムを、マフィンに乗せたり食パンに塗ったりしてください。私のオススメはミルクティです。お砂糖の代わりにこれを入れるとほっこり、心が柔らかくなる飲み物なりますよ。穏やかな午後に是非召し上がってみてください。ジャムは名助演女優です。可愛らしさと上品さを兼ね備えた少女というところでしょうか。いろんな食事に添えてみてくださいね。 さて、本日のおさらいをしましょうか。材料はイチゴ、上白糖、レモン汁。瓶と蓋は熱湯消毒しておきます。はじめは強火、木べらで混ぜます。水分が出て沸騰したら焦げ付かないよう弱火に。レモン汁を加え煮詰めます。熱いうちに瓶に入れたら逆さまにして空気を抜きます。コツは、優しく丁寧に時間をかけて。宝物を扱うように、大事に作ってくださいね。保存は直接日の当たらない所でお願いします。常温でも冷蔵でも平気ですよ。召し上がった感想、また聞かせてくださいね。次回のお菓子は何にしましょうか。うーん、そうですね。あ、暖かくなって来ましたしレアチーズケーキなんて如何でしょうか?いいですか?うんうん。ではそうしましょう。チーズ好きなんですか?私もです。次回も楽しみですね。また金曜日で大丈夫ですか??かしこまりました。 では、また来週の金曜日に伺います。」
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