三匹の変なもの

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三匹の変なもの

ーーー午後6時。 日は傾き、辺りは薄闇に包まれた。 村の人達は基本朝が早く、この時間には店内にお客さんはいなくなる。 閉店時刻は「最後の客が帰ったら」というのが、カッパーロ開店当初からの決まり事だったので、私は片付けの準備に入った。 表の「営業中」の看板を下げ、使ったロートや濾過器、フラスコを水洗いし、カップとソーサーを食洗機へ投入する。 食洗機が働いている間に店内の掃除をし、黒板の日替わりメニューを消す。 そして、食洗機の仕事が終わり食器を片付けていると、カランコロンと誰かが入ってきた音がした。 慌てて目を向けると、そこには誰もいない。 もう座席に向かったのかと姿を探しても、どこにも何も見えなかった。 途端に寒気がした。 黄昏時の森の中は、何かが出そうな雰囲気に満ちている。 まさか、心霊現象? 初日から、それは勘弁してよ!と、頭を抱えた時、どこからか声がした。 「たのもう!」 た、たのもう? ってどこ?だれ? 聞こえた声はかなりのバリトンボイスで、声だけで想像した姿はギリシャの海運王のようだ。 それはどんなイメージだと聞かないで欲しい……。 ロマンス小説が大好きな私の、単なる好みの問題である。 それはさておき、私は目を皿のようにして声の主を探した。 「……はーい、いらっしゃいませー……」 と様子を見ながら言ってみる。 すると、すぐに答えが返ってきた。 「お尋ねするが、こちら、石原仁左衛門殿の家に相違ないか?」 「石原にざえもん……?」 相変わらず声だけで姿は見えない。 でも、聞いたことのある名前が出てきて、私は頭をフル回転させた。 石原仁左衛門。 確かうちのご先祖様よね。 江戸時代の人だったと思うけど? 「あー。相違ないといえばないですけど、その人はもう死んでいてですね……」 そこまで言って、ハッとした。 何で私、ご丁寧に答えてるのよ!!お化けかなんかだったら……。 「なんと!そうか。人の一生は短いからな。まぁそれも仕方ない。では、娘、そなたに頼む」 「え?」 私のバカ! 返事したらダメだって!! これ、引き受けたら地獄に引きずり込まれるパターンじゃない? ガクガク震える足を一生懸命引き摺って、私は店内のカウンターの前に出ようとした。 さっき掃除してた箒が残ってる。 取りあえずそれを武器に……と移動すると、そこに変なものが立っているのを見た。 「か……」 思わず声が漏れる。 すると、変なもの……厳密に言うと「3匹の変なもの」は一斉にこちらを見た。 「おお。お初にお目にかかる。仁左衛門殿の子孫かな?」 目の前の変なもの(1号)は、テコテコと私に歩みより背伸びをして見上げてくる。 その姿はこの村にとても馴染み深いものだった。 当然見るのは初めてだけど、漫画や本などで、デフォルメされて出てくる姿は村人でなくても国民全員が知っているはず。 ーーーー河童。 そう。日本でもっともポピュラーな妖怪であり、浅川村のシンボル的なものである。 深緑色の体、薄黄緑の皿、大きな水掻き、背負った甲羅。 3頭身で全長120センチほど。 どこからどう見ても完璧なカッパ。 ただし、妖怪としてテレビで見るものとは少しビジュアルが違っていた。 想像ではもっと、ヌメヌメしてるかと思った。 でも目の前の彼らはどちらかというとモチモチしているように見える。 顔もぬいぐるみのように可愛いのだ。 ん?ぬいぐるみ? ーーーーははーん。 そうか、そういうことか!! これは、子供の変装だ。 常連さん達が皆で私を脅かそうと、お孫さん達を使って悪ふざけをしてるのか、または、麓の小学生のイタズラだな? 確か何十年か前に、村起こしでカッパの着ぐるみを作ったという話を聞いたことがある。 きっとそれを着ているんだ。 気づけば怖さなど吹っ飛び、私は子供達の可愛いイタズラに乗ってあげることにした。 「はい。私、石原仁左衛門の子孫、石原サユリです!よろしく」 「うむ。よろしく頼む。私は又吉(またよし)一之丞(いちのじょう)、これは弟の次郎太(じろうた)三左(さんざ)だ」 カッパ(2号)とカッパ(3号)もこちらに向きなおり、丁寧に頭を下げた。 1号が一之丞、2号が次郎太、3号が三左、パッと見ほぼ同じだけど微妙に違う所がある。 2号には四角いフレームの伊達メガネが付いていて、3号には皿の端に薄ピンクのリボンがついている。 ふむふむ。3号は女の子設定なのか。 名前からして中身は全員男の子だけど、一つだけメスカッパの着ぐるみしかなかった。 仕方なくジャンケンでもして、役割を決めたんだな。 と、私は勝手に推理した。 「次郎太くん、三左くん、よろしくね!」 屈んで挨拶すると、次郎太は斜めに構えてフッと笑い、三左は小首を傾げながらえへへと笑った。 ……設定細かいな。 そして、小さいのに芸が達者だ。 私は感心して、この小さい訪問者に飲み物を出すことにした。 オレンジジュースがあったはずだし、チーズケーキも残っていた。 「まぁ、取りあえず座って?」 「む。良いのか?」 一之丞は遠慮して言った……けど、既に手はカウンターの椅子に掛かっていて座る気は満々である。 さすが、子供。正直だな。 そんな兄を見て、弟達も同じ様に椅子に手をかける。 しかし……。 手足が短い為、どうがんばってもカウンターに座れない。 3匹はうーんうーんと唸りながら、試行錯誤で頑張っているけど、これを待っているときっと朝が来る……。 「乗せて上げるね」 私は一之丞をヒョイと持ち上げた。 持った感触は思ったよりヒンヤリしている。 着ぐるみなら暖かいはずなんだけど、これはモッチリヒヤヒヤツルツルの手触りだ。 「サユリ殿。すまぬが……」 「ん?」 一之丞は少し恥ずかしそうに言った。 「そのようにまさぐられては、落ち着かぬ……」
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