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寝床を作ろう
彼らとの話の後、私は寝床になる場所を探して店内を見回った。
カッパーロは一階が店舗でその裏に倉庫と焙煎室、2階は自宅となっている。
つまり、店舗兼住宅だ。
倉庫には食材や、予備のお手拭き、割り箸等の備品などが置いてあり、焙煎室には焙煎用の大きな機械がある。
当初は倉庫を彼らの寝床にしようと思っていたけど、どうも物が犇めいていてスペースがないことに気付いた。
そうすると、2階の自宅部分しかなく、そこは父と母の部屋と、私の部屋、狭い台所とバス、トイレがあるだけで広いとはいえない。
今空いている父母の部屋にしても良かったけど、退院して母が帰ってきた時に、物の位置が変わっていて違和感を持たれるのはまずい。
そうして、簡単な消去法で私の部屋に寝床を作ることにした。
「さて、どこにつくろうかな?」
四畳半一間、なんちゃってロフト付き。
ロフトといっても屋根裏を少し広めに取っただけの物置のようなもので、そこには使わなくなった学生時代のテニスラケットとか、教科書、漫画や小説の類いが押し込まれていた。
それを全て片付けると、彼らが暮らすにはちょうど良い広さになるので、ちょっと面倒くさいけど、荷物を下に下ろすことにした。
「サユリ殿?」
部屋の外から声がかかった。
バリトンボイス……一之丞だ。
「はぁい?どした?」
ドアからひょいと顔を覗かせると、ちょこんと3人がたたずんでいる。
「我らもお手伝い致したい!これからご厄介になるのだから!」
「あ、ほんと?助かるー!じゃあ入って?」
「では、失礼して……」
一之丞が緊張気味に足を進めると、後ろから次郎太と三左が飛び込んできて長兄をはね飛ばした。
「僕が先ーー!」
どぉん!
「何だと!俺が先だっ!」
どどぉーん!
「ほげっ!!」
弟2人は好奇心の赴くまま突進し、はね飛ばされた長兄はくるくると漫画のように部屋の脇にあるハンガーラックに頭から突っ込んだ。
そして、洋服類と絡まってアワアワとしている。
私は絡まった一之丞を助けだして小脇に抱えながら、先に飛び込んだ三左と次郎太にロフトを指差した。
「そこの物置を解放しようと思うの?どう?」
「わぁい!カッコいいね!秘密基地みたいだ!」
「うん。いいじゃないか!お洒落な俺にピッタリだ」
次郎太も三左も気に入ったようだ。
小脇に抱えた一之丞をそのまま抱っこして、少し高い位置から物置を覗かせる。
すると機嫌が悪そうだった彼も「ほぅ」と感嘆の声を上げた。
「うむ。この溢れ出る特別感。高見から眺める下界……素晴らしいな」
失礼な……家主の部屋を下界って言うな。
とはいえ、気に入ってくれたなら何よりです。
「じゃあ、ここでいい?」
確認を取ると、彼らは大きく頷いた。
その後、バケツリレーのように荷物を下ろす作業を開始した。
次郎太、三左、一之丞、私。
この順番で、物置から荷物を下ろす。
でも、雑誌や漫画を見つける度に手を止める次郎太と三左のせいで、作業は深夜までずれ込んでしまった。
どけた物は取りあえず父母の部屋に置き、なんちゃってロフトを綺麗に拭くと使っていない毛布を敷く。
約二畳程の場所は彼ら3匹が寝るにはちょうど良い広さになった。
「僕は奥側ー」
「じゃあ俺は手前で」
「待て。なんで私が真ん中なのだ?」
やっと終わったと思ったのに、ここで小さな火花が散った。
当然こんな縄張り争いは起こると予想していた。
でも、今しなくて良くない??
何時だと思ってるの?私、眠いんだけど!?
「ケンカしないの!!明日もう少しちゃんと作ってあげるから!今日は我慢して寝なさい!」
「ぐぅ……」
小さな声を上げたのは、一之丞だった。
長兄はこんなとき我慢しなきゃいけないもんね。
それが、可哀想だなと思う反面、少し羨ましかったりもした。
私は一人っ子だったから、兄妹で争ったりすることはなかった。
兄妹ケンカにも縁はない。
「一之丞、ごめんね?」
「いや。構わぬ。お見苦しいところを見せて申し訳ない……今日のところはこのまま寝るとする……だが、明日こそは!」
一之丞はくぐっと拳を握り、ギリリと歯軋りをした。
諦めてないのか……。
この三兄弟、全員頑固だな。
と思いつつ、やっと収まった事態に胸を撫で下ろした。
それから、店の片付けと施錠をして、お風呂に入って部屋に戻ってくると、3匹はロフトで寝息を立てていた。
時々「ぐげっ」とか「ほげっ」とか変な声が聞こえてくるけど、きっと間に挟まれた一之丞が次郎太と三左に蹴られてるんだと思う……。
私はベッドに入り、いろいろありすぎたカッパーロ開店初日を振り返った。
常連客もちゃんと来てくれたし、滑り出しは悪くない。
この調子なら、母と私、2人でなんとか暮らして行けそう。
……あ、そういやカッパもいるんだった。
本当にカッパが存在するなんて思わなかったけど、案外愛らしくて良かったな……。
彼らの問題が早く解決して、浅川池に水が戻りますように……。
私は目を閉じながらそう願った。
そして「民さんにもらったきゅうりがあって良かった……」と感謝し、眠りについた。
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