呪いの歌を歌いましょう

1/1
前へ
/99ページ
次へ

呪いの歌を歌いましょう

バケツにいっぱいの玉葱を一之丞に任せ、私はまずコーヒー豆を焙煎することにした。 今日店で使う分は、一昨日焼いていたから十分ある。 だけど、昨日麓の診療所の院長夫人から豆の注文があり、少し多めに焙煎しておこうと思っていた。 カッパーロでは、店舗でコーヒーを提供するだけじゃなく小売りもしている。 父の頃から、わりと遠くからお客さんが買いに来てくれて、その売り上げは店舗分より多い月もあったほどだ。 しかも、診療所の院長婦人はいつも大量注文してくれるので、かなりの大口顧客だった。 懐が潤うと、心も潤うもの。 私は心の赴くままに、歌を口ずさんだ。 「月曜日に買ったパンがー火曜日にはカビているぅーだーからー私はー6月が大きらいーー」 「サユリ殿!?……その歌は……なんであろうか?」 隣の倉庫で玉葱を剥いていた一之丞が、扉からヒョイと顔を覗かせた。 その顔には何か聞いてはいけないことを聞いてしまった……というような怖れの表情がある。 「え?これ?ほんの思い付きで歌ったんだけど?」 「自作なのであろうか?」 「もちろん。著作権は私にあるわよ?」 「チョサク、ケン?……良くわからぬが……その奇妙な歌に続きはあるのか?」 一之丞はそう言いながら、玉葱のバケツを持って焙煎室にやって来た。 もう全て剥き終わっていて、次の指示をくれ、ということなのだろう。 「続き?……聞きたい?」 続きなんてものはない。 ないけど、創作は簡単に出来るから問題ない。 「う……いや……呪われそうな歌であるから……ご遠慮する……」 「失礼な……」 冷ややかな目でチラリと見ると、一之丞はビクッと身を縮ませ叫んだ。 「す、すまぬ!!」 「どの辺が呪われそうなのよ?《湿気はいやよねー》っていう歌じゃない」 「う、うむ。正に。ただ、妙に頭に残るというか……精神を支配されそうで恐ろしく……」 何やらモゴモゴと言い始めた一之丞。 その言葉を言い終わらないうちに、漸く起きたとみえる次郎太と三左が階段を駆け降りてきた。 しかも、ご機嫌に歌いながら……。 「月曜日に買ったパンがぁぁー火曜日にはカビているぅぅーだーからー僕はー6月が大きらいぃーー」 三左はわざと調子を外しながら大声で歌う。 更に次郎太は、なんとアレンジをして口ずさんだ。 「水曜日に繋がった電話がぁぁー木曜日には繋がらないぃーーだーからー俺はーきっとフラれてるぅーー」 トントンと駆け降りて、最後の段でピョンと飛び、くるんと前転して着地を決める。 2匹は息の合ったフォーメーションで華麗にやって来た。 「おはよう、サユリちゃん!」 「おはよう!いい朝ですね、サユリさん!」 「う、うん、おはよ。あのさ……さっきの歌……」 私は、隣で瞳孔が開いたままの一之丞を見ながら、次郎太と三左に聞いた。 「あっ!あれね?さっきサユリちゃんが歌ってたの聞こえてきてさー、インパクトありすぎて覚えちゃったー」 「フフフ。俺なんて、替え歌を作ってしまったよ?どうでした?サユリさん?」 「……うん。サイコー……です」 不自然に笑った私を見て、次郎太と三左はえへへと照れた。 だがしかし。 一之丞だけは頭を抱え「やはり呪いの歌であったか!?恐るべし恐るべし」と譫言のように呟いていた……。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

169人が本棚に入れています
本棚に追加