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長兄と次男と三男
次郎太と三左も手伝いを買って出てくれたので、それぞれに担当を決め朝の準備をすることにした。
次郎太は店内の掃き掃除、三左はテーブルの拭き掃除。
そして、仕事の早い一之丞にはモーニングに使うゆで卵を作って貰うことにした。
任せろというだけあって、一之丞は何でもそつなくこなす。
何をさせても真面目にきちんとするし、絶対にサボらない。
その兄の姿を、下の2人がまるで見ていないのが気になるところではあるけど……。
店内の掃き掃除をしていた次郎太は、いつの間にか、トイレに移動して姿見の自分に見とれている。
三左は、雑誌棚の女性誌にくぎ付けになり、一心不乱に情報をメモしていた。
とんだナルシストとギャルだな!?
私は2人から目を逸らし一之丞を見た。
彼はゆで卵が茹で上がる様をじっと見ている……。
となりにおいたキッチンタイマーとゆで卵を交互に見て時間を確かめ、キッチンタイマーが鳴るとすかさず火を止める。
わずか1秒の誤差も許さないというその姿勢には脱帽だ。
なんでこの長兄の性格を足して三で割らなかったのか!!
そんなどうでもいいことを考えている内に、開店時間が来ようとしていた。
「はーい!みんなー!もうすぐ開店時間なので集合ー!」
私の声に一之丞、次郎太、三左が集まってきた。
「次郎太!トイレの戸を閉めて。三左は雑誌、元の場所に戻すっ!ほれ、行け!!」
「おう!」
「はぁい」
彼らは素晴らしい返事をしたけど、行動はのたりのたりとどんくさい。
言われてから完了するまで、30秒はかかっている。
そして優等生の一之丞は、出来上がったゆで卵を大きなザルに入れ私の言葉を待っていた。
「ありがとう、一之丞。完璧です。とても助かったわー!」
「う、うむ。なんてことないぞ?お安い御用だ!これからも頼るといい」
一之丞は少し頬を赤らめながら頭を掻いた。
「うん。頼らせてもらいます!」
「サユリちゃん!僕は?」
「俺は??」
いつの間にか帰ってきていた2匹が足元に纏わりつき、自分も褒めろと催促する。
あの仕事ぶりで、褒められると思っているなら、世の中舐めんなと言ってやるのが優しさだろうか……。
「うーん、君たちはもっと頑張ろうか?」
「えー……」
と、2匹が口を尖らせる。
えー。じゃない。
出来るだけ優しく言ってあげたのにその態度はなんだね?
こうなったら明日からはもっとビシビシ指導してやる……と私は心に誓った。
「はいはい。とにかくみんなお疲れ様。これ……朝ごはんね。きゅうりでいいって言ってたよね?」
冷蔵庫から昨日小分けにしておいたきゅうりを取り出し、カウンターに置く。
裸では味気ないので、一応皿には盛って置いたけど、大丈夫かな?
と彼らを見れば、カウンターにかじりつくように身を乗り出し、瞬きもせずにきゅうりを凝視している姿が。
更にあり得ないくらい目が血走っていて、一触即発の気配すら漂う。
「カッパはきゅうりが大好き」だというのは、紛れもない事実だというのを、私は今ひしひしと感じていた。
「じゅる……サユリ殿……もう良いのか?食べても良いのか?」
「サユリちゃん……もう待てない、じゅる……」
「サユリさん、意地悪しないで!食べていいと言ってくれ!!じゅるっ……」
「じゅるっ」て口で言う!?催促なの?分かりやすいけど!?
「待って!お客さん来ちゃうから、裏の倉庫で食べて?あ、お塩は……」
「あいわかった!」
最後まで聞かずに、一之丞は皿を持って風のように移動した。
そして、その後を次郎太と三左が必死になって追いかける。
裏に抜ける扉がバタンと閉まると、微かに何かを貪り喰う音が聞こえ、シャァーと威嚇するような声も聞こえた。
一体何が起こってるんだろう……。
気になったけど、覗くのは止めておく。
これは、見ちゃいけないもの……きっと、トワイライトゾーン的なものだ。
私は気持ちを切り替えて、営業中の看板を表に掲げに行き、店内の黒板に日替わりコーヒーの名前を書いた。
だけどその字が、恐怖で震えていたのは……言うまでもない……。
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