白い花 風に揺れて

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 父は冷蔵庫から水を取り出してグラスに注ぐと、私にもいるか?とグラスを掲げてみせた。 「いい。」 私が言うと、父は水をひと口飲んで喉を潤した。 再びソファーに座った父は、私を見てニヤッと笑った。 「なんか照れる…1回しか言わないからな。」 「うん」  そして、奇しくも私は両親の恋バナを聞くことになった。 両親は同じ大学の同期生で、気立てが良くて美人の母は人気者で、同期だけでなく上級生からも絶大な人気を誇っていたそうだ。 一方の父はというと、背だけがヒョロリと高い田舎者で、訛りも強くてダサい誰が見ても全くノーマークの人だったとか。 そんな二人が同じバイト先で働くようになった、と言っても友達になっただけで、高嶺の花の母と恋には発展しなかったようだった。もちろん父は、優しくて美しい母に恋心を抱いていた。そして、ある出来事をきっかけに二人は急接近することになる。  バイトを始めて数ヶ月経った頃、私の母の父が事故で亡くなった。そんな時、いちばん近くで母に寄り添って、励まし続けたのが父だった。 『君は1人じゃないから、俺はずっと君の側にいる。いや、別につき合うとかじゃなくて、ただ君が幸せでいてくれれば、それでいい。俺はそれを側で見守りたいだけだから…。』 その時、父は近くに咲いていた白い花を手折り、その一枝の花を彼女に手渡した。  その時の父は、その花の名前すら知らず、ただ白くて美しい花が母にぴったりだと思って渡したらしい。後で知ることになるのだが、その花の名前は"くちなし"だった。  やがて二人は交際をはじめ、ダサかった父も母に嫌われないように努力を重ね、少しはマシになったと父は言っている。 母は父の内面を好きになったのであって、当時の父の外見なんて全く気にしていなかったのではないかと私は思ったのだけど…。 「お父さん、今でも好き?お母さんのこと。」 父はしばらくの沈黙の後、静かに言った。 「毎日、何年も、何十年も一緒にいたら当たり前になってしまうんだ、幸せが…。 麻痺しちゃって、幸せに気づかなくなってしまうんだろうな。 あの頃、未華子と一緒にいるだけで幸せだった。今もずっと幸せなんだよ、俺はな。 今まで、未華子は幸せだっただろうか… ああ、早く帰って来てくれ、頼む!おまえがいなと、俺ダメだ。 未華子が帰って来たら、思いっきり抱きしめたい……」 さっきから父は母を名前で呼んでいる、そして父が涙ぐんでいるのが分かった。 だけど私は、それには気づかない振りでテレビに目を向けた。すると、事故による負傷者の氏名と病院へ搬送される様子が映し出された。 私達は一文字たりとも見逃さないように、瞬きもしないで画面を凝視し続けた。 無い、無い、無い……。 お母さんの名前、無かった。よかった。  私達が安堵したその瞬間、ドアがガチャリと音をたてた。私が振り向くより先に、素早く立ち上がった父が駆けるように玄関に向かって行った。 「ただいま〜、遅くなってゴメンね〜!バッテリー切れだし……っ、えっ、ど、どうしたの… 」 そして何やら呟きながら、驚く母をしっかりと父が抱きしめる瞬間を、私はまるでスローモーションのように見ていた。 ぐはっ!仲良いじゃん、ふたり。 きっと父は… 「愛してる」そう言って母を抱きしめた。 私は、しばらく二人にしてあげようと思って、静かにその場を後にした。  リビングでは、今朝私が生けたくちなしの花が、部屋中に甘い香りを放っていた。 くちなしの花言葉は " とても幸せです " 今の二人に、これ以上ぴったりの言葉はない。 そして、これからの二人にもそうであって欲しいと願いながら、私はその白い花の香りを、胸いっぱいに吸い込んだ…。 end
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