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いつもと変わらない土曜の朝、庭に咲く真っ白な花が風に揺れている。その芳しい香りをそよ風が、そっと運んでくれていた。
「あ〜、本当に良い香りだね〜。」
いつも明るい私の母は、そう言って微笑んだ。
この"くちなし"という甘く香る白い花は、母の大のお気に入りだった。
清々しいほど白く気高い、この凛とした雰囲気は、まるで母のようだと私は思っていた。
父は昨夜も残業で遅かったのか、まだ起きてこない。最近、家にいる父の姿をあまり見ていないような気がする。
「お父さん、昨日も遅かったの?」
「うん、仕事…大変みたいなのよ。だけど今日はお休みだから、ゆっくりさせてあげよう。」
少し俯いた母が寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか?
「ほら、パン焼けたよ。さぁ食べよ。」
一転して明るい口調で母が言い、私は母と二人で朝食をとった。『朝ご飯はしっかり食べないとね』いつも母はそう言って、私と父に栄養バランスを考えた食事をとらせてくれている。
食事も終わりかけた頃、スーツに着替えた父が慌てて降りてきた。
「あら、どこか行くの?」
「うん、急用なんだ!じゃ、行ってくる。」
父は母が作った料理に見向きもせずに、慌てて玄関へ行ってしまい、母は急いで父の後を追った。
残された私は、お父さんも忙しいんだなと思いながら、もしや浮気とか?…いや、真面目な父に限ってそれは無いか、などと思いを巡らせていた。
黙って食事の後片付けをしている母の元へ、風は再びくちなしの甘い香りを運び続けていた。
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