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秋になって少し肌寒くなってきた。
この時期になると、あの雷の日のことを思い出す。
図書館で二人で雨宿りして、初めて先生のアパートに行って。
初めてキスをした。
今考えてもあの時の俺はどうかしていた。
「おい、聞いてるのか」
教授の声で我に返って。
また考え込んでしまっていたことに気づく。
「研究結果、明日までにまとめとくように」
「はい」
最近入ったゼミの研究室。
ここの教授は結構スパルタで。
「この量鬼かよ」
無理難題を押し付けて、自分はいつもどこかに消えてしまう。
そんな中で見つけたんだ。
研修室の資料の中に、卒業アルバムがあって。
その中には先生が卒業した年のアルバムもあった。
教授が研究室から出ていって、シーンとする室内。
席を立って、その卒業アルバムの前で立ち止まる。
いつも手に取ろうとして、躊躇する。
見たいけど手に取ることができない。
今先生の顔を見てしまったら、今まで押さえつけていた感情が全部出てしまいそうだから。
そうなったところで先生には会えない。
どうしようもないのは分かってるから。
だからずっと、アルバムが気になりつつも開けないでいた。
あれから図書館の青山さんからの連絡もなかった。
がっかりする反面、少しほっとしている自分もいて。
卒業アルバムの先生を見ることすらできない今の俺が、先生と会えたとしても何ができるんだろうか。
先生は俺のことなんて覚えてすらいないかもしれない。
そんな先生に何が言えるんだろうかって。
もうずっと、同じ思考がぐるぐるとまわっている。
アルバムの前でぼーっと突っ立っていると、同じゼミのやつらが入って来た。
「里巳、早いじゃーん」
「何見てんの?」
そう言って1人が俺の肩に手を置いた。
「なにこれ卒業アルバムー?!見てみようぜ!」
「勝手にやめろよ」
俺が止めても
「見るぐらいいいよな?」
って、そいつは1冊の卒業アルバムを手に取った。
先生が卒業した年のアルバム。
まだ、心の準備ができてない。
なのにそいつらは俺の気持ちなんて知る由もなく、次々にページをめくっていく。
「大学の卒業アルバムってこんな感じなんだー!」
みんなは卒業アルバムを囲んでそれぞれ言いたいことを言っている。
「見て、この子超美人じゃね?ミスとか選ばれてそう」
一人の生徒が指差したその人が、ずっと見たくて見れなかった、加ヶ梨先生だった。
心臓が止まってしまうかと思った。
卒業アルバムに写っている先生は、俺が知ってる先生そのまんまだった。
少しだけ若いなって思うけど、全然変わってない。
なぜか目頭が熱くなった。
「何見てるんだ?」
突然後ろで声が聞こえて、教授が戻って来ていたことに気が付く。
「卒業アルバム見させてもらってまーす」
そう言って、同じゼミのやつらは見るのをやめない。
「懐かしいな」
いつもは不愛想な教授がそう言いながら一緒にアルバムを見ている。
「教授はこの中で誰か知ってますか?」
「あー、加ヶ梨ならここのゼミだったぞ」
え?
「加ヶ梨ってこの美人さんが?!」
耳を疑った。
教授は先生のことを知っている…?
「えー知ってるなら紹介して下さいよー」
「ばかもん、何年前の話だと思ってるんだ。さあ、明日締切だぞ、やることやる」
「はーい」
みんなはしぶしぶアルバムを閉じてそれぞれの研究に入った。
まさか、こんな近くに先生のことを知っている人がいたなんて。
教授の後ろ姿を目で追いながら、心臓がドクドクと音を立てるのを感じた。
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