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あれから研究の課題に手を付けてみるも、全然終わる気がしない。
他のみんなは徐々に帰って行って、最後の1人になった。
「全然頭まわんねー」
一人になって背伸びをしていると、またどこかに行っていた教授が戻って来た。
「なんだ、まだいたのか」
「すみません」
俺がこんなに遅くまで大学にいることは珍しかった。
いつもだったら課題なんてすぐに片付けて図書館に行くのに。
締切が近いのもあるけど、それ以上にさっきの教授の言葉が気になって全然作業が進まなかった。
教授は俺の後ろを通り過ぎていったかと思うと、椅子に深々と座って、俺が帰るのを待っているみたいだ。
「教授は…」
「なんだ?」
「いや、さっきの話のことなんですけど」
「さっきの話?」
「俺も加ヶ梨先生のこと知ってます」
俺の方なんて一切見ない教授が、今日初めてちゃんと俺の顔を見た。
少し緊張しながら言葉を並べる。
「高校の時の担任だったんです。臨時教員でしたけど」
「本当か?」
「はい」
「元気にやってたか?」
「はい」
「そうか」
教授の言葉がやけに重く感じる。
この研究室の空気も。
「本当に教師目指して頑張ってるんだな」
教授はそう言って遠くを眺めた。
「加ヶ梨先生は大学の時から教師になろうとしてたんですか?」
「いや加ヶ梨じゃなくて、教師を目指いしてたのは、如月(きさらぎ)なんだけどな」
ん?
先生は教師になりたいんじゃなかったんだ?
てか如月って誰だよ。
「あの時の加ヶ梨は見ていられなかった…」
教授の意味深な発言がさっきからずっとモヤモヤする。
ずっと前に、先生のお兄さんと会った時もお兄さんは意味深なことを言っていた。
その時と教授の今の空気感が少し似ている。
「先生に何があったんですか?」
それから、教授から先生の昔の話を聞いた。
教授の話しは息をするのも忘れるくらい、衝撃的で。
頭が真っ白になった。
先生は、俺が貧血で倒れそうになった時、大げさなぐらい心配してくれた。
授業中に教室で倒れて病院に運ばれた時も、ずっと付き添っていてくれた。
あの時は少し大げさだなって思ったけど。
先生にこんな事があったなんて。
多分この時の経験があの時の先生をつき動かしていたんだ。
先生が大学2年だったころ。
同じゼミの如月って人が亡くなったらしい。
先生と待ち合わせをしていた場所に行く途中で、交通事故にあった。
如月って人は、先生の恋人だった。
「加ヶ梨は自分のせいだと思って、ずっと抱え込んでいたらしくてな。このまま退学するかと思ってたんだよ」
言葉が出なかった。
「今でもたぶん自分のせいだと思ってるから、如月の代わりに教師になろうとしているじゃないかな」
先生は図書館でいつも授業の準備をした後に、採用試験の勉強していた。
そんなに教師になりたいんだなって、そんな夢に向かって頑張ってる先生も好きだった。
でもそれが、亡くなった恋人のためだったなんて。
「そう言えば、そろそろ如月の命日だな」
「いつですか?」
「10月14日」
来週だ。
俺はチャンスだと思った。
「教授、お墓の場所教えて下さい」
先生に会える最後のチャンスだと。
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