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「これ以上、あの人のこと裏切りたくないって思ったの」
先生の言う”あの人”ってたぶん、亡くなった先生の恋人のこと。
「それにやっぱり先生と生徒って、ダメじゃん、色々。なのに私は何もかもが中途半端で、里巳くんにもひどいことばっかりしちゃって。里巳くんの気持ち、考える余裕もなくなってた。本当に最低だった」
そう言いながら先生は力なく笑った。
「私たちが初めて会った時のこと覚えてる?」
「覚えてます」
初めて会ったのはあの図書館。
俺は今でも鮮明に覚えているよ。
「あの時、里巳くんが読んでいた本ね、あの人が好きな本だったの」
「え…」
そうだったんだ。
先生が好きだって言ってたあの本は先生の恋人が好きだった本で。
教師を目指していたのもその人のためで。
先生は、いつだって亡くなった恋人のために今を生きている。
「あの時ね、久しぶりに読みたくなって図書館に行ったんだけど、置いてなくて。でも里巳くんが読んでいるの見つけて、なんかびっくりしちゃって。里巳くんが彼に重なって見えたんだよね、全然似てないのに」
なんだ。
「そうだったんですか」
先生にそんな事情があったなんて。
あの時適当に選んだ本が、先生にとってはとても大切な本だったなんて。
あの時の俺は知る由もなかった。
もしあの本を選んでいなかったら、同じ図書館にいても、先生の存在に気づいていなかったかもしれない。
あの時、先生が俺の目の前に座ったのは、俺が彼の好きだった本を読んでいたから。
先生にとって忘れられない恋人と、俺が重なって見えていたなんて。
何とも皮肉な運命だと思った。
「私のせいであの人、死んじゃったの」
「先生のせいじゃ…」
先生の声は少し震えていて。
この話をするのは、すごく辛いんだと思った。
なのに、先生は話すのをやめなかった。
「みんなそう言うの。私のせいじゃないって。その度に辛くて、誰でもいいから私をせめてほしかった。お前のせいであいつは死んだんだって。その方がよっぽど良かった」
先生の言葉は少し投げやりで。
それが逆に先生の辛さを物語っているように感じた。
「だからね、私もう誰とも付き合わないって決めたの。彼の人生私が奪っちゃったんだから、私の人生も彼に捧げるって」
先生は恋人を亡くしてからどれだけ辛い思いをしてきたんだろう。
自分も辛いはずなのに自分のことを責め続けて。
「もう誰も好きにならない自信もあったし、恋愛も一生しないって決めてたの。なのに、里巳くんと出会って…揺らいじゃった」
「え…」
「…好きになっちゃったの、里巳くんのこと」
先生は、俺を頑なに受け入れてくれなかった。
それは俺が生徒だからだって思ってた。
でも違ったんだ。
「ずるいよ、先生…」
「自分でもそう思う…」
切なそうに力なく笑う先生。
今、そんな事言われたら俺は…。
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