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「ねー、先生。俺の話聞いてもらえますか」
「…」
先生は呼吸を整えながら俺の顔を見上げた。
まだ潤んだ瞳でぐしゃぐしゃな顔なのに、先生はなんでこんなにも可愛いんだろう。
「俺、小さい頃から両親が忙しい人たちで、家に誰もいないのが普通でした。それで1回だけ俺が貧血で倒れた時に、誰にも気づいてもらえない時があったんです」
この話を誰かに話すのは初めてで。
「俺自身は意識がないから後で分かったことだったんですけど。たまたま忘れ物をした家政婦さんが戻って来て、見つけてくれたんですよね」
先生は黙って俺の話を聞いていてくれる。
「倒れた時の打ち所が悪くて、1週間ぐらい入院になったんだけど。もしあの時今井さんが戻って来なかったら、俺はもうここにはいなかったかもしれないって言われて」
今の先生には少し酷な話かもしれない。
でも先生が俺に話してくれたように、俺も先生に聞いてもらいたい。
「俺の両親さ、それに懲りてちょっとは仕事セーブして俺のこと見てくれるんじゃないかって期待したんだけど、全然そんなことなくて。今井さんは心配してちょくちょく顔を出してくれるようになったんだけど。でも、やっぱり寂しかった」
先生は何か言いたげで、でも言葉をつまらせているようだった。
「もう高校生にもなると、倒れることもなくなってきてたんだけど。先生が赴任してきて、俺がまた貧血で倒れそうになった時あったじゃん」
「…校外授業の時?」
「そう。先生はすぐに気づいて、心配してくれて。俺はいいって言ってんのに、ずっと一緒にいてくれたじゃん。あの時すげー嬉しかったんだよね」
「そうだったんだ…」
「たぶん先生は恋人とそんな過去があったから、俺のことも放っておけなかっただけだと思うけど、どんな理由があるにしても嬉しかった。先生は自分の大切な人を亡くしちゃったのかもしれないけど、俺は先生のおかげで救われたよ」
気が付くと先生はまた涙を流していて。
「本当に泣いてばっかりだね、先生」
そう言って親指で涙をぬぐった。
先生は俺に、「ありがとう」って言って。
「お礼を言うのは俺の方だよ」
「それでも、ありがとう」
って先生はまた泣いた。
*
「俺も先生が好き」
「うん…」
「大好き」
俺は涙でぐしゃぐしゃになっている顔にそっと手を添えた。
先生はそんな俺をただただ見つめて。
俺はそっと顔を近づけて、先生の唇に触れた。
今初めて、先生の本音に触れられた気がした。
こんなに時間がたった今でも、先生は俺のことちゃんと考えていてくれた。
なんか感動する。
俺は、先生の背中に腕をまわして。
もう、一生俺から離れていかないように、力いっぱい先生を抱きしめた。
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