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「こんな大事な時に本当にごめんなさい。でもこの大会は私にとって夢につながる大事なステップなの。幸せにね」
イギリスから届いたビデオメッセージには、私とそっくりな顔をした女性が映っていた。
私、茉莉花と、瑠璃花は双子の姉妹。
「あんたたち付き合ってるの?」
周りの友達からそう呆れられるほど仲が良かった。一卵性だったが、私はアウトドア派で瑠璃花はインドア派だったから、服装や活動場所で区別することができたというのが周囲からの話。
瑠璃花は小さい頃から花が好きで、将来の夢も「絶対お花屋さん!」だと譲らなかった。それはいつの頃からかフラワーデザイナーに変わったが、花にまつわる仕事がしたいという姿勢に一切のブレはなかった。
特になりたいものも無かった私との差はどんどん広がっていき、高校から別々の学校に通うことになった。それでも仲の良さは変わらず、今思えば、当時は瑠璃花と一緒にいることが自分の幸せだったのかもしれない。
「え、プロポーズ…? 誰から?」
「実は……昭雄さん」
転機が訪れたのは1年半前、私が瑠璃花の部屋に泊まった時のことだ。
昭雄さんは瑠璃花の務めるフラワーアレンジメント教室の経営者で、教室の飲み会に誘われた時に紹介されて意気投合。年は離れていたが、瑠璃花と並ぶ相性の良さで私はすぐ虜になった。
彼氏ができた時はいつも瑠璃花に伝えるのが一番だった。だから今回も初めから決めてた。でもこの時はさすがに恐る恐るで……。
「はぁー、まさかあんたとね。……でもいいの? あの人かなりズボラだよ。花のことは全然知らないし、忘れ物は多いし、ボタンほつれたままのシャツ着てたりとか。最近は腹も出てきて。一度考え直したら?」
「マジ!? むー、専業主婦で楽する野望が。でもいい! 私が支える!」
瑠璃花に向かって両腕を組み、鼻の穴をおっぴろげてドヤった。
「……ふーん。じゃ、明日から食事は自分で作ってねー」
「えぇー!? お姉ちゃんかわいい妹を見捨てないで~。お嫁に来て~」
「あんたが行くんでしょうが」
正直どんな反応を示すか不安だった。やっぱりちょっとびっくりした様子だったけど、私のポーズに笑ってくれたことで肩の荷が降りた。瑠璃花の存在がこれほど愛おしく感じたこの夜のことは、これからも心の日記に密かにしまっておこうと思う。
でもそれから間もなくして、瑠璃花は周囲の反対を押し切って突然イギリスへ行くと宣言した。前々からフラワーアレンジメントの本場で勉強がしたかったのだと初めて聞かされた。
「これでおあいこでしょ」
と瑠璃花は笑ったけど、その声が届く距離よりも遠いものが、その瞳の奥に見えた気がした。でもその時はもう結婚式の準備が始まっていて、あまり話す機会も持てないまま瑠璃花は旅立ってしまった。
体の一部、いや、半分くらいがもぎ取られたような感じがして、式の準備は大幅に遅れていった。
それでも何とか開催にこぎつけたが、ちょうど瑠璃花が出場するフラワーアレンジメントの大会と重なってしまう悲劇が訪れた。泣きっ面に蜂とはよく言うが、私は当時、実際に大泣きしている。
両親と一緒に説得にあたるも、幼い頃からの頑固さをここでも発揮され、夫の親族の都合もあって、白旗を上げるしかなかった。
(瑠璃花が着たら、ちょうどこんな感じか……)
控室の椅子に腰かけ、鏡に映った自分の姿で瑠璃花を想像する。あの子がそこにいる気がして、鏡に手が伸びた。少しでもそばに……。
でも伸びかけていた想いの糸は、夫が入ってきた音で断ち切られた。
「緊張してる?」
「少しね」
その時はそう答えるのがやっと。でも夫の垂らした糸が、私を引っ張り上げた。
「じゃあ、いいものあげる」
そう言って背後から夫が出してきたのは、美しくアレンジメントされたブーケだった。
「スゴ! あれ? でも頼んでたやつと違くない?」
「そう、誰からだと思う?」
「まさか……!」
「そのまさかだよ。ついさっき届いたんだ」
雲間から光が差し込んで虹まで架かるように、私の心は一気に晴れた。やっぱり瑠璃花は瑠璃花だった。ちゃんと考えてくれてたんだ。
まぶたをきつく閉じてもとめどなくあふれてくる想いに、開演前からハンカチが大活躍してくれた。
「きれいな花だね。何て言うのかな」
赤と紫の花が基調となっていて、ブーケとしては珍しい鮮やかさを放っている。でもすごく瑠璃花らしい。これは瑠璃花がアレンジメントで好んで使っていた花だ。確か――。
スマートフォンで花の写真を撮って画像検索。答えはすぐに出た。そうアネモネだ。瑠璃花がフラワーデザイナーになってからよく使ってたのを覚えている。理由は聞いたことはなかったけど。
瑠璃花のおかげで全身から緊張と不安が抜けていくのがよく分かった。さっきまで感じていたドレスの重みさえも、今は心地いい。
瑠璃花のリモート愛が全身を包んで気が緩んだんだろう。ふと検索結果のページに映った、アネモネの花言葉が目に入った。
赤は「君を愛す」
白は「はかない恋」
紫は「あなたを信じて待つ」
時が止まるってこういう事なんだ。目も心も釘付けになった。あの時の態度や言葉、思い出が津波となって私を襲った。ああイヤだ。こういう時ほど双子の相性と女の勘の良さが突き刺さる。
席を立つ。足は自然と窓辺へ。
空を眺めながら、私は見ていた。その先にいるはずの、瑠璃花の背中を。
「……それは、たぶんアネモネ」
「へぇー、アネモネって言うのか」
無邪気な夫はまるで気付いていない。もし気付いてたら、私は今、ここにはいなかったかもしれない……。
ハンカチでも追い付かない想いが、私の頬をつたう。
「そう……。あねもね、好きだったんだよ……」
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