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「父さんいつも思うんだがな。あの、『ぶっ殺す』の『ぶっ』てなんなんだろうな。『殺す』に『ぶっ』をつけたらより強くなるのか?『ぶっ叩く』とか『ぶっ飛ばす』もそうだよな。意外と、力入れすぎて言葉の前におならしちゃった、とかが始まりだったりするんじゃないか?ブッ!あ、おなら出ちゃった、誤魔化さなきゃ。『ぶっ、…殺すぞ!』みたいな。へへ。あ、うそうそ。いつもはさすがに思ってないぞ。父さんもそんなことを常日頃考える程に暇な人間では――」
「ちょっと頼むから黙っててくれないかな。状況わかってる?」
周りに気付かれないよう、歯を食いしばることで苛立ちと声を抑えながら正憲は言った。
父に。
今はもう亡き父に。
「勿論わかってるぞ。新型のウイルスが世界的に猛威を振るい、ようやくその勢いも収まってきたかと思いきや、再び感染者も出始め油断ならないという、」
「そうじゃなくて―――いや、それもそうなんだけど、そんな広い視点の状況よりも今この瞬間に目を向けるべき状況があるだろって」
「……環境汚染?」
「銀行強盗だろ!」
つい大きな声を出してしまった正憲は、すぐに口を塞ぐも時既に遅し。黒光りする銃口が正憲の方に素早く向けられた。
「おい、お前!何喋ってやがる!」
近くに座らされていた数名が、巻き添えにならぬようさっと正憲から身を離すと、彼の周りには円形にスペースが出来た。
「誰と喋ってやがった?」
強盗の問い掛けに、周りの者達は皆ブンブンと首を振る。
正憲は彼らに迷惑をかけないよう回答した。
「す、すみませんっ。そ、その、怖くてついひとりでに口が……」
なんとも苦しい言い訳だと自分でも思ったが、強盗はそれに納得したのか追及してこなかった。その替わりに、
「今度勝手に喋ったら」
と、拳銃の狙いを正憲の眉間あたりに定めてから言い放った。
「ぶっ殺すぞ」
ああ、とても恐ろしい状況のはずなのに、父のせいで『ぶっ』が気になってしまう。
正憲は、最大限恐怖の表情をつくりながら頷いて見せた。
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