1/4
前へ
/10ページ
次へ

 その男は仲間から『ジュンジ』と呼ばれていた。  銀行内で人質となった客や行員よりも青ざめている顔は、その目出し帽により覆い隠されている。彼の顔色の悪さは、計画とはズレて立て籠らなくてはいけなくなったことから来ているわけではなかった。それ以上に、彼の頭の中はあることで一杯だった。  ――嫌だなぁ、嫌だなぁ。あいつ、完全に憑りつかれてるよぉ  彼は子供の頃から、人より少し霊感が強かった。そして、そのような者としては些か珍しく、彼は怖がりであったため、この世のものではない存在を感じるたびに、「嫌だなぁ、嫌だなぁ。怖いなぁ、怖いなぁ」と繰り返すのだ。その口癖のため、かの有名な怪談師から『ジュンジ』と呼ばれるようになったのである。  そして、そんな彼の目線の先には、もちろん正憲の姿があるのだった。    警察が来るのがあまりに早い。ツイていないとしか言いようがない。今このような状況に陥っているのも、あんな不吉な存在がここにいるせいだ。  ジュンジはそう思い込んでいた。  実際は、明らかに怪しい格好の三人が銀行に入る瞬間をお巡りさんが見かけ、その後閉め切られた銀行に応援を呼んだだけという、言ってしまえば姿を見られた彼らの単なるミスにすぎなかったのだが。  そんなこととは知らぬジュンジは、正憲父子に視線を向けては背筋の寒けを感じ、恐れおののいている。  そして、当の本人たちはそんな視線に気付くこともなく、別のことに気が向いていた。  「やっぱり父さん思うんだがな」  正憲は、どうせくだらないことを言うだろうと、適当に聞く。  「この状態は『密』だよな」  それどころではない!とは、このご時世だけに言い切れなかった。およそ二十人弱が一ヶ所に収められているこの状態は、正直『密』と言わざるを得ない。ソーシャルディスタンスなんかあったもんじゃない。しかも、客は老人が多く、何故かその大半がマスクをしていなかった。  ――なんでだよ!マスクしてくれ、おじい!  正憲は心の中で叫ぶ。  しかも、今や人質となった客の一人が、間の悪いことに咳をし始めた。いよいよ、この空間は銀行強盗とウイルス感染という二重災害に見舞われかねない状況になってきている。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加