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それは、入院中の出来事だった。
個室に入院中の男、中川三四郎の部屋に、妻が朝、訪れてみると、中川は死体のような様相でベッドに横たわっていた。
病死、ではないだろう…と妻はすぐに思った。
何故なら中川の胸には、鋭利な刃物で刺されたような痕があり、そこから大量の赤い血が吹き出していたからだ。
明らかに何者かに刺された痕だった。
だが一瞬、妻は死んでいると思ったのだが、
ふと気がつくと、男にはまだ虫の息があった。
何かを言いたそうにしていたので、中川の唇に、妻は耳を接触させんばかりに近づけた。
すると、中川は虫の息の微かな声でこう囁いた。
「与二郎の言う通りだった」
と。
それが男の最後の言葉であった。
与二郎…?
妻は一瞬、頭をひねったが、すぐに最後の言葉の意味が理解出来たような気がした。
与二郎とは、自分の息子にして、中川の息子の名前であった。
つまり、"息子の言う通りだった"
と夫は言い残して死んだということか?
と妻はすぐに思った。
そしてふと見ると、夫の手には何か封筒のようなものが握られていた。
もはや生きてはおらず、力尽きた掌の中から、その封筒は地面に落ちる寸前だったが、妻は素早くそれを拾い上げて、封筒の中を見た。
中には一枚の紙片が入っていた。
そして封筒の裏には、夫=中川三四郎の名前が書かれていた。
妻は封筒の中の一枚の紙片を、中から取り出した。
そこにはただ"172991"という数字だけが書かれていた。
妻はすぐに医師や看護師を呼び出したが、心臓の病で入院していたはずの中川三四郎の胸に傷跡があり、そこから大量の赤い血が吹き出している現状を鑑みて、看護師は医師の指令で警察を呼ぶこととなった。
これは明らかに殺人事件ではないか、という判断からであった。
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