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その日、亜久津情児は、これは人生始まって以来くらいの窮地だと思っていた。 なんと父の知り合いの人が亡くなり、その葬儀に出席するように言われたのである。 なんでも父は、その葬儀の遺族に"家族3人で葬儀に出席させて戴きます"と簡単に言ってしまったらしいのだ。 何でそんなことを言ったのかというと、その葬儀にはあまり人が集まりそうにないと遺族に言われたため、故人とはかって仕事上で付き合いがあった父は、それならうちは家族3人でと安請け合いして言ってしまったらしいのだ。 情児は断然出席を拒否したが、どうしても、と父に頼み込まれて、いよいよ断れなくなってしまった。 今まで不登校を繰り返したり、かなり情児のわがままを黙って父には聞いてもらってきたので、情児としても、父の言うことをそう無碍には断れないところがあったのだ。 しかし、よりによって知り合いの葬儀ならまだしも、全く知らない人間の葬儀に何で自分が出なきゃいけないのかそのことがどうしても納得いかなかったが、逆に考えれば、知らない人ばかりが集まるわけだから、自分に話しかけてくる人間もいないだろうという考えも成り立つので、ついつい父が言う「君はただ出席さえしていればいいから。何もしなくていいんだから」という言葉に情児は乗ってしまったのだ。 それで情児は渋々葬儀に出席することになったのだった。 喪服代わりに学生服を着て出席することになったが、情児は不登校ばかりなので、学生服も喪服レベルに着慣れない服装だった。 なので学生なのに、学生服が妙に似合わないところがあった。 さて数日後、亡くなった故人である中川三四郎の葬儀が執り行われることになったのだが、情児は葬儀を一通り終えた後の精進落としの食事のために、葬儀場の食堂の一席に座っていた。 精進落としの料理は、定番の仕出し弁当だったが、情児はただ黙々と弁当を食べていた。 その時、向こうの方から、声が聞こえてきた。 それはどうやら情児に向けて掛けられた声のようだった。 「亜久津さん、亜久津さんじゃないですか」 亜久津さんなら自分だけではなく、父も母も亜久津さんである。 自分はここに知り合いはいないはずだから、関係ないだろうと情児は思いたかったのだが、すぐに声の主は情児に近づいてきて、情児の肩を叩いてきた。 "なんと馴れ馴れしい!ここには知り合いはいないはずだが!?" と思いながら、情児は少し睨み付けるような目つきで相手を見たが、それはかねてからの知り合いである水神刑事であった。 何でこの人が? 「亜久津さん、今日はどうしてこちらに?既に事件捜査に協力してくださっているんですか?」 水神刑事はすぐにそう言って、嬉しそうに情児に握手を求めてきた。 「いえ、何のことだか全然わからないんですけど…」 「いや、だって、この葬儀にわざわざ出席されているという事は、名探偵として既にご出陣戴いているということなんじゃないんですか?」 水神刑事はそう言いながら、さらにワクワクしているような顔をした。 「いえ、父がどうしても出席しろと言うものですから、出てるだけで、正直亡くなられた方のことも僕はよく知らないんですが」 情児は小声でそう呟いたが、水神刑事はさらにニヤニヤ笑いながら、 「またまた。だって、故人は殺人事件の被害者ですよ。その被害者の葬儀に、生前、直接よく知らない間柄にもかかわらず、あなたが出席しているという事は、もはや探偵としての事件捜査以外にないじゃありませんか?」 故人が何で亡くなったのかという事まで父には聞いていなかったし、葬儀中にも喪主はそのことに全く触れなかったので、故人が殺されていたと聞いて、情児はちょっと驚いたが、しかし別に事件捜査のために出席したわけでも何でもないので、水神刑事の言うことには戸惑うばかりだった。 「いや、殺人事件の被害者だったなどという事は今初めて聞きました。全く知りませんでした。だから事件捜査なんかで葬儀に参加してるわけでは全然ないんですけど」 情児は、"また面倒な話にならないといいけどな"と思いながら、そう答えた。 だがその面倒な方に引き寄せるのが水神刑事である。 「そうなんですか?でもこれも何かの縁ですよ。まだ事件は全く解決していませんし、だから殺人の犯人も捕まっていません。ここは是非とも亜久津さんにご出陣戴き、是非とも事件解決にご協力戴きたいんですけどね」 「いや、今日はただ出席するだけでいいと言われてきただけですから」 「しかし捜査は難航しています。ここは是非ともお力をお貸しいただきたいんですけどね。ついこの間もインドで事件を解決したばかりじゃないですか」 「あれはたまたま」 「いやだから、これもたまたまですよ」 「そう言われると」 「いやあ、これは心強いです!是非ともよろしくお願い致します。お父様の方にもちゃんとお話ししておきますから」 父からまで頼まれるという話になると厄介だなぁ…と情児は思いながら、またまた巻き込まれていくしかないのか…といよいよ諦めモードに入り始めていた。
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