コンビニで売ってる消しゴムが残り一個だった話

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 夕暮れ時、女の子が入ってきた。  もう少しで上がりの時間だな、なんてことしか考えていなかったけれど、なかなか可愛い子で目が奪われた。  見覚えのある制服だ。この近くにある学校の学生なんだろう。  セミロングの真っ直ぐな黒髪を下ろしている大人しそうな女の子。クラスの片隅に1人はいるような子。黒目がちの瞳はすっきりとした一重で、大人びた綺麗な子だった。美人という形容が当てはまるだろう。  彼女が棚に並んでいた最後の一個の消しゴムを取る。  小さな白い手が、形の良い爪のついた細い指で、消しゴムを一つだけ握ってる。  そういえばうちの消しゴムがどっかにいっちゃったから新しいのを買おうと思ってた。  だから、それは僕が買おうとしていた消しゴムだったのだ。  ごちゃごちゃした小さなお菓子や新発売のデザート、レジの前のあったかそうな中華まんにすら目もくれず、きゅうと消しゴムだけを握っている。  僕が買うはずだった最後の消しゴムを。    取られちゃったな。  そう思った。 「……あの、お会計」  女の子の細くて高い声が聞こえた。  少し戸惑った様子でレジの前に立っている。小さな白い丸い手から消しゴムを離してことりとレジカウンターに置いた。 「あ、すみません。ボーッとしちゃった」  可愛いと思った。  ただ、もしあの消しゴムがたくさんある中の一つだったら。もしあの子が持ったのが修正液だったら。それからもし僕の家の消しゴムがなくなっていなければ。  きっと僕はあの子にここまで興味を持ったりしなかったと思う。  上がりの時間になって、休憩室の誰かの大きくて硬い灰皿を持って、帰り支度をして出ていく。  あの子を見つけられたのは偶然だと思うけど、僕、運はもともと良いんだよ。
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