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epilogue
月曜の朝を迎える。
変わらない通学風景、伊織と肩を並べて歩く。
雨の気配はない。今の所、天気は俺の味方をしてくれている。
しかし油断は禁物だ。いつにわか雨が降ってきてもいいように折りたたみ傘は鞄に入れてある。
(俺って雨男なんだろうか)
「おい、土曜日はあの人に告ったん?」
田島伊織は遠慮なく聞いてくる。
「あの人じゃなくて、梨々花さんだよ」
「へえ、りりかちゃんかあ。めっちゃ可愛い名前だなあ」
こいつ、りりぃのこと、ちゃん付で呼びやがった。
だがそんな物怖じしないとこが伊織のいい面でもある。俺も見習って、ちょっとはこいつの垢でも煎じて飲むとするか。
「告ったって言うか、まだなんも知らんし友達でお願いします的な感じで一応言った。俺も頑張ったんだよ、責めんなよ」
「全然責めてねーって。煌、頑張ったじゃん! すげーよお前は!」
前方、花屋にいつもの彼女の姿があった。
俺は走っていた。「ちょっ、おい、何で走るん!」と言う伊織を置き去りにして走った。
「りりさん! おはようございます」
「あ、煌くん。おはようございます。走ってきたの?」
「はい」
やっと、りりぃより先に言えた。ミッションクリア。
後からボテボテと伊織が走ってきて追いついた。
「煌、急に走んなよー。あ、おはようございます。りりかちゃんのことは煌から聞いてます。俺、田島伊織っす。いつも話してんのにご紹介遅れました!」
さすが物怖じしない性格、田島伊織。
「伊織くん、おはようございます。前に言ってたイラスト、描いたら見せてね」
「もちろんっす。Twitterに上げるんで」
そういや伊織。風景画、デジ絵で描いてたな。絵描きに関しては(普段は能天気な恋多き男)ほんとストイックで、アーティスト気質なとこがあって頭が下がる。
俺はそんな伊織に感化されてイラスト部に入部して、のめり込んでいったんだったな。部活の頃が懐かしい。
伊織はノートを破って「俺のユーザー名です」と、りりぃに渡していた。
「こっちが伊織くんので、こっちのは……煌くんのユーザー名?」
「へ?」
(お前、俺のも書いたん?)
「あーそうっす。こいつもTwitterやってるんです。描いたイラスト、地味に載せてんですよ」
俺の参加しない所でどんどん話が成立していってる。……まあ、いっか。
「煌くんもイラスト描くって言ってたもんね。休憩時間に見るね」
「りりさん、仕事中に長々と話してすみません」
そろそろと思い、ペコッと頭を下げた。
伊織も俺に習って頭を下げる。
「二人とも頭上げて下さいー! 地域のお客様とこうして話をすることも仕事のうちの一つですから」
地域のお客様、はさておき。慌てた様子のりりぃ。
りりぃの言葉によって世の働くお父さん、お母さん。働く全ての人に対する尊敬と感謝の気持ちが溢れ出た。
そして純粋に無性にりりぃを描きたい、と思った。
「伊織、ちょっと先行ってろ」
機転の利く伊織は「おう、早く来いよ」と言って歩き出した。
「りりさんは何時まで勤務ですか?」
「今日は十六時半までです」
「俺、午前中で終わりなんで、帰りに花買いに寄ってもいいですか?」
「えっ、そうなの! それは嬉しい。じゃあ待ってますね」
りりぃは自分のスマホの番号をメモ帳に書いて「いなかったら電話してね」と言った。
「ちなみにどなたかに贈り物なの?」
「はい。何か色々思うことがあって両親に花束をあげようかなって──」
「ご両親に──! それは素敵。絶対喜んでくれますよ。じゃあ責任持って私がアレンジメントします。あ、勿論予算に合わせてだからね」
りりぃの花の様に綺麗な心に触れていたら、花好きな両親に贈りたくなった。
「りりさん、いつか君を描かせてください」
わたし? というようなキョトンとした顔の、りりぃ。ほんのり染まる頬。
「私がモデルでいいのかな……でも、煌くんに描いてほしいかも」
「りりぃを描きたい」
思わず、りりぃと呼んだ。俺は、あ──と思うが後の祭り。
驚いた彼女は口をすぼめた後、恥ずかしそうに視線を伏せ微笑む。
りりぃ、好きだ。
ラナンキュラスの花びらのように柔らかな彼女の頬と、顎のラインを視線でなぞる。
りりぃもそれに気づく。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
先を行く、伊織の元へ走った。
夏の風を全身に浴びて、水色のチェック柄のネクタイが後ろへなびく。
今日もポケットには蜂蜜のど飴が忍ばせてある。
振り返ると、りりぃはこっちを見ていた。
俺は大きく息を吸い込む。
「りりぃ──、仕事頑張れ!」
完
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