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五
通学途中の朝。毎日花屋の前を通るから、伊織と俺に挨拶してくれるようになった、りりぃ。
ある日彼女は言った。
この夏服を見て「紺色のシャツに水色のネクタイ、すごく素敵ですね。あまり見たことないかもです」と褒めてくれたことがあった。
りりぃが気に入ってくれたシャツも、今はびしょ濡れになって雑巾のように絞れそうだった。
顔に叩きつけるように降り注ぐ雨も、この恋には味方してくれないのだろうか。
雨なのか、それとも涙なのか。
わからないくらい、情けない顔は濡れていた。
濡れついでに空を見上げる。この制服も切ない俺の心も、分厚いグレーの雨雲に飲み込まれそうだ。
(さすがにもういないだろう)
もう帰ろうと思い、やみくもに走ってきた道をまた引き返す。
え──……りりぃ?
俺の視界に突然、薄紫色の傘をさしたりりぃが飛び込んできた。
何かの間違いじゃないかって思ったし、この状況に勘違いしてもいいの? とさえ思った。でも男性の姿はない。
りりぃは、短く息を切らす。
「私、ちゃんと君に飴を貰ったお礼、言えてなかったから」
彼女はこの雨の中を走ってきたのか息を切らし、白いローヒールパンプスも濡れてつま先が汚れていた。
こんなびしょ濡れになった俺を、本当は情けなくて見せたくなかったのに。
彼女は薄紫色の傘を「はい」と差し出す。自分の傘を持つように俺に託すと、りりぃに左腕を掴まれた。
黙々と歩き、雨宿りできる所へひとまず入った。
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