漁師町にて

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漁師町にて

 職人という者は一体どうして、揃いも揃って誰の話も聞いてくれないのだろう。まるで、動く岩を説得しているような気持ちになる。  高く昇った太陽は辺りの景色を白く飛ばして、細かな砂埃が一歩を踏みしめるたびに舞う程、大地を乾かしていた。  額からは大粒の汗が、最早止め処なく顎先へ向かって流れ落ちている。荒げた息とは対照的に、重く困憊しきって覚束無くなった足取り。ふらつく度に汗は足元へ滴り落ちて、恐らく、私の後ろには「彼の家」からここまでずっと、通り雨の跡が残っていることだろう。  どこか遠くで、鴎たちの鳴く声がする。気付けば、王都への道程はもう終わり際を迎えていて、眼前には真白に輝く市街最端の漁師町の家々が並び始めていた。乾いた丘の草原を大きく曲がり込むように、緩やかに下っていけば、右手に見える遠浅の海からは、涼しげな潮騒が聞こえてくる。 「……おう、ボリスの旦那。酷くやつれているじゃないか。休んでいくかい」  漁師町の家並みを突っ切っている最中、私に声をかけてきたのは、古馴染の宿屋で何度か世話になったアウテュスだった。昼下がりで街道には他に歩く人影もいないというのに、この男は大きく窓の空いた家の日陰の中から、ぼうっと長椅子に座ってこちらを伺っていたのだ。  やれやれ、全く。毎度の事とは言え、人を見物にしやがって。 「……はぁ、はぁ、はぁ……み」 「み?」 「……水を一杯、くれないか」 「あいよ。ほら、早くこっちへ座りなって。新宮殿の石工達との伝令なんて大変だねえ」  そう言いながら奥へ消えていく彼を他所目に、私は与太付きながら何とか腰を落ち着けて暫く、上を向いて息を落ち着かせた。霞みのかかった目を開けば、蒼い天井の影に心も幾分か休まっていくのが分かった。  それにしても。新宮殿の奴らは本当に気が強いが、それより厄介なのは王宮に今日も籠っているあの憎き宮廷画家だ。工期はもう二月は遅れているというのに、まだ新しい絵を私に握らせては、それでないと駄目なんだしか言わない。私があくせく数里先の現場へその完成図を持って行けば、今度は石工の頭領がやれ彫刻が多すぎるだのやれ柱が少なすぎて支えるのが無理だの、散々文句を言ってはまた王宮へ戻らせようとする。 『あんた、その絵を見て本当に作れると思うのかい。宮廷画家さんも随分と御堅い頭をもってるみてえだが、無理なもんは無理だ。これじゃ――』 「『取り合い』がまるでわかってない」  石工頭お決まりの一言を呟いてみて、尚更疲れが増した気がした。  お前らこそ全く、手の取り合いってのが分かっていないじゃないか。  深く溜息をついたところで、アウテュスが戻ってきた。水瓶から汲みたての冷えた水を、ゆっくりと身体の中へ流し込んでいく。夏は王都を俄かに活気づかせていたが、私の受難はまだ長引きそうな事を考えると、途端にそれが恨めしく思えた。
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