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気がつけば、ヒースは見慣れた薔薇園で一人立ち尽くしていた。
先程まで支配していたはずの闇は、光溢れる空間へと様変わりした世界では、どこにも見当たらない。
夢を見ているような心地で自身の手のひらを見下ろし、きゅっと握り込む。
「……どうして……」
唇から漏れ出た声は、無様なほどか細い。
あの時、二人のディアナがそれぞれ泣きじゃくっていたり、鳥籠の中に閉じ込められたりしていたのに、ヒースは動けなかった。
ヴァルは一心にディアナを抱きしめ、その心を救っていたというのに。
――……なら、大人しく俺に愛されろ。馬鹿。
そう告げられたディアナは、喜びと切なさが入り混じった涙を流していた。
そんな彼女を、なんて美しいのだろうと思った。
そして、一分の隙間もなく抱擁している二人には、微塵も割って入る余地など存在しなかった。
あたかも、二人揃って初めて完成する芸術品のように、ヒースの目には映ったのだ。
(俺が……ディアナの傍にいる意味って、何だ……?)
今までは、ディアナをこの世に繋ぎ止めたくて、幸せにしたくて傍にいた。
それだけ、彼女は儚げに見えたから。
だが、ヴァルと共にいるディアナを目にする度に、己の存在意義が分からなくなってくる。
本当に、自分はディアナにとって必要な存在なのか。
もう自分など、いつでも切り捨てられるほど価値を失ってしまっているのではないのか。
「……俺が……貴女を愛すると誓っていたら、貴女はあんな風に俺を求めてくれたんですか……?」
分かっている。
こんな自分がディアナを求めるのは、あまりにもおこがましい。
だから、彼女の幸せを願うだけで心が満たされなければならない。
ずっと、そう思っていた。
ずっと、そう自分に言い聞かせていた。
なのに、何の躊躇もなくディアナを愛せるヴァルを見ていると、浅ましくもどす黒い感情が湧き上がってきてしまう。
しかし、それは主を取られた寂しさ故の情動だと、必死に心の中で言い訳を重ねてきた。
だというのに、今日目の当たりにした光景に、どうしようもなく打ちのめされてしまった。
「ディアナ……どうして……」
誰も見当たらないことをいいことに、疑問の言葉を呟く。
この気持ちが恋情なのか、親愛なのか、敬愛なのか、もう自分では判断がつかない。
でも、この想いは、おそらく以前ほど綺麗ではなくなってしまっている。
もしかしたら、この気持ちはただの執着なのかもしれないという疑念さえ、心の奥底に芽生えていた。
変化しつつある自身の感情に愕然とし、握り込んだ手のひらを胸元に引き寄せる。
「どうして……俺じゃないんですか……」
爽やかな微風が草木を揺らし、頬を撫でていく。
己の心境とは正反対の景色に、痛いほどに胸が締めつけられた。
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