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ヴァルに横抱きにされた体勢のまま地下室から抜け出し、温室から出た後。
ようやくヴァルに下ろしてもらったところで、ヒースとフェイの捜索に向かう。
「……本当に、大丈夫か? 城の中で休んでいた方が、いいんじゃないか」
「ヴァルがずっと抱えていてくれたから、もう平気。ほら、膝も笑っていないでしょう?」
「それはそうだが、怪我の方はどうなんだ」
「怪我も大丈夫。元々大した傷じゃなかったから、もう塞がっているもの。だから、お願い。二人の無事を確かめたいの」
ヴァルの服の裾を掴んで目で訴えれば、大仰な溜息が降ってきた。
どうしたのかと首を傾げると、彼が責めるような眼差しを向けてきた。
「……お前、分かっていてやっているのか。それ」
「それ?」
「上目遣い」
ヴァルの言葉にぱしぱしと目を瞬き、俯いてこれまでの自分の仕草を思い返す。
「……ヴァルと結構身長差があるから、見上げるでしょう? だから、そう見えるだけじゃない?」
少なくとも、意識してそんな仕草をした覚えはない。
顔を上げると、何とも複雑そうな面持ちの彼と目が合う。
「何?」
「……お前、天性の悪女だな」
何故、話がそこまで飛躍するのか。
(そういえば、フォルスの世界でも悪女呼ばわりされた……)
確かに、ディアナには卑怯な側面があると自覚しているが、誰彼構わず男を弄ぶ性悪女になった記憶はない。
時々ヴァルをからかったりはするが、あれくらいならばじゃれ合いの範囲内ではないのか。
そんなことを考えながら歩を進めていたら、薔薇園のところでヒースを発見した。
「ヒース……!!」
短時間で大分体力が回復していたから、咄嗟に駆け寄ると、彼がゆっくりとこちらを振り返った。
「ヒース……?」
振り返ったヒースの目は、どことなく泣き出しそうに見えた。
もしかして、どこか負傷でもしたのだろうか。
「どうしたの? ヒ――」
そこまで言いかけたところで、突然ヒースがディアナに抱きついてきた。
痛いくらいに抱き竦められ、息が詰まりそうになってしまう。
「……ヒース……?」
ディアナを戒めるヒースの身体は、微かに震えていた。
「……何かあったの?」
そろそろとヒースの背に腕を回し、壊れ物を扱うように慎重に撫でる。
どうやら、この様子だと怪我はしていないみたいだが、切羽詰まった雰囲気に戸惑いが隠せない。
辛抱強く彼の背を撫でていると、やがてぽつりと切り出してきた。
「……ディアナは、俺を捨てたりしませんか?」
「え……」
予想だにしていなかった質問に、虚を突かれる。
「俺のこと、いらなくなったりしませんか? これからも、傍に置いてくれますか? 俺の前から……いなくなったりしませんか?」
「ヒース……」
どうして急にそんな懸念を抱いたのかは知らないが、その問いに控えめに微笑む。
「……今さら、そんなことするはずがないでしょう? むしろ、私からお願いして、ヒースにここまで来てもらったんだよ? だから、安心して」
「……それなら、今夜は一緒に寝てくれますか」
「え」
もう一度想定外の言葉を受け、返事に窮する。
二人きりの場面であれば、そのくらい構わないと即座に頷けた。
現に、過去に何度もヒースの添い寝をしてきたのだ。
今になって、羞恥心が芽生えたりはしない。
しかし、今この場にはディアナたちの他にもヴァルがいるのだ。
先刻から、ぐさぐさと背中に視線が痛いほど突き刺さっている。
ここで頷こうものなら、確実にヴァルの怒りが臨界点を突破するだろう。
「ヒース、それは……」
あとで聞かせてと頼もうとしたのに、話の途中で遮られてしまった。
「昔はよかったのに、今は駄目なんですか? ほら、やっぱりディアナの心は変わってしまっているじゃないですか。そのうち捨てると言い出しても、驚きませんよ。……傷つきはしますけど。ディアナって、男心を手のひらの上で転がす悪女ですね」
「いやいやいや……まだ駄目とは――」
「――ほう? 駄目ではないのか」
おそるおそる肩越しに背後を振り返れば、ヴァルが静かに殺気を放っていた。
ディアナを挟んでの諍(いさか)いは、本気でやめて欲しい。
このままでは、明らかに二人の争いが勃発しかねない。
誰でもいいから助けて欲しいと心の底から願った、その時。
思わぬところから、救いの手が差し伸べられた。
「――お二人さん。今は、そんなことしてる場合じゃないでしょ」
声の主へと視線を投げれば、そこには呆れた表情を浮かべたフェイが立っていた。
どうにかヒースを自分からべりっと引き剥がし、小走りでフェイの元へと向かう。
「フェイ、無事だったんだね。……途中でいなくなっちゃたりして、ごめんなさい」
「ううん、気にしてないよ。姫の方こそ大丈夫?」
「うん、私は大丈夫」
「そう。なら、よかった。……それより、姫。あの不思議な世界で、俺たち以外の人に会わなかった?」
「え? 会ったけど……まさか、この近くにいるの?」
反射的に身構えて訊ねれば、フェイがライラックの樹に目を向けた。
「……あそこに、女の子の死体が転がってたんだ。俺は見たことのない子だったから、一応みんなに確認しておこうと思って。……そっちの二人は遭遇した?」
「いや……」
「俺は、ノヴェロ王としか会っていません」
素早く思考を切り替えて真剣な顔つきになったヴァルとヒースが、二人揃って否定する。
おそらく、フェイが発見したという少女の遺体は、エフィーのものだろう。
エフィーの狙いはディアナの命だったから、他の面々がかち合わせていないとしても、不思議ではない。
むしろ、見つからないように細心の注意を払っていたのだろう。
ヴァルとヒースに向けた視線をフェイへと戻し、意を決して口を開く。
「……それじゃあ、本人かどうか確かめてくる」
「姫、平気?」
そんな疑問を投げかけてくるということは、フェイはディアナの過去を見ていないのだろうか。
ディアナを案じるフェイを安心させようと、深く頷く。
「……私は平気だから」
それだけ言い置くと、フェイの横をすり抜けてライラックの樹へと走り出した。
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