Chapter7. 『解放』

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ヴァルに横抱きにされた体勢のまま地下室から抜け出し、温室から出た後。 ようやくヴァルに下ろしてもらったところで、ヒースとフェイの捜索に向かう。 「……本当に、大丈夫か? 城の中で休んでいた方が、いいんじゃないか」 「ヴァルがずっと抱えていてくれたから、もう平気。ほら、膝も笑っていないでしょう?」 「それはそうだが、怪我の方はどうなんだ」 「怪我も大丈夫。元々大した傷じゃなかったから、もう塞がっているもの。だから、お願い。二人の無事を確かめたいの」 ヴァルの服の裾を掴んで目で訴えれば、大仰な溜息が降ってきた。 どうしたのかと首を傾げると、彼が責めるような眼差しを向けてきた。 「……お前、分かっていてやっているのか。それ」 「それ?」 「上目遣い」 ヴァルの言葉にぱしぱしと目を瞬き、俯いてこれまでの自分の仕草を思い返す。 「……ヴァルと結構身長差があるから、見上げるでしょう? だから、そう見えるだけじゃない?」 少なくとも、意識してそんな仕草をした覚えはない。 顔を上げると、何とも複雑そうな面持ちの彼と目が合う。 「何?」 「……お前、天性の悪女だな」 何故、話がそこまで飛躍するのか。 (そういえば、フォルスの世界でも悪女呼ばわりされた……) 確かに、ディアナには卑怯な側面があると自覚しているが、誰彼構わず男を弄ぶ性悪女になった記憶はない。 時々ヴァルをからかったりはするが、あれくらいならばじゃれ合いの範囲内ではないのか。 そんなことを考えながら歩を進めていたら、薔薇園のところでヒースを発見した。 「ヒース……!!」 短時間で大分体力が回復していたから、咄嗟に駆け寄ると、彼がゆっくりとこちらを振り返った。 「ヒース……?」 振り返ったヒースの目は、どことなく泣き出しそうに見えた。 もしかして、どこか負傷でもしたのだろうか。 「どうしたの? ヒ――」 そこまで言いかけたところで、突然ヒースがディアナに抱きついてきた。 痛いくらいに抱き竦められ、息が詰まりそうになってしまう。 「……ヒース……?」 ディアナを戒めるヒースの身体は、微かに震えていた。 「……何かあったの?」 そろそろとヒースの背に腕を回し、壊れ物を扱うように慎重に撫でる。 どうやら、この様子だと怪我はしていないみたいだが、切羽詰まった雰囲気に戸惑いが隠せない。 辛抱強く彼の背を撫でていると、やがてぽつりと切り出してきた。 「……ディアナは、俺を捨てたりしませんか?」 「え……」 予想だにしていなかった質問に、虚を突かれる。 「俺のこと、いらなくなったりしませんか? これからも、傍に置いてくれますか? 俺の前から……いなくなったりしませんか?」 「ヒース……」 どうして急にそんな懸念を抱いたのかは知らないが、その問いに控えめに微笑む。 「……今さら、そんなことするはずがないでしょう? むしろ、私からお願いして、ヒースにここまで来てもらったんだよ? だから、安心して」 「……それなら、今夜は一緒に寝てくれますか」 「え」 もう一度想定外の言葉を受け、返事に窮する。 二人きりの場面であれば、そのくらい構わないと即座に頷けた。 現に、過去に何度もヒースの添い寝をしてきたのだ。 今になって、羞恥心が芽生えたりはしない。 しかし、今この場にはディアナたちの他にもヴァルがいるのだ。 先刻から、ぐさぐさと背中に視線が痛いほど突き刺さっている。 ここで頷こうものなら、確実にヴァルの怒りが臨界点を突破するだろう。 「ヒース、それは……」 あとで聞かせてと頼もうとしたのに、話の途中で遮られてしまった。 「昔はよかったのに、今は駄目なんですか? ほら、やっぱりディアナの心は変わってしまっているじゃないですか。そのうち捨てると言い出しても、驚きませんよ。……傷つきはしますけど。ディアナって、男心を手のひらの上で転がす悪女ですね」 「いやいやいや……まだ駄目とは――」 「――ほう? 駄目ではないのか」 おそるおそる肩越しに背後を振り返れば、ヴァルが静かに殺気を放っていた。 ディアナを挟んでの諍(いさか)いは、本気でやめて欲しい。 このままでは、明らかに二人の争いが勃発しかねない。 誰でもいいから助けて欲しいと心の底から願った、その時。 思わぬところから、救いの手が差し伸べられた。 「――お二人さん。今は、そんなことしてる場合じゃないでしょ」 声の主へと視線を投げれば、そこには呆れた表情を浮かべたフェイが立っていた。 どうにかヒースを自分からべりっと引き剥がし、小走りでフェイの元へと向かう。 「フェイ、無事だったんだね。……途中でいなくなっちゃたりして、ごめんなさい」 「ううん、気にしてないよ。姫の方こそ大丈夫?」 「うん、私は大丈夫」 「そう。なら、よかった。……それより、姫。あの不思議な世界で、俺たち以外の人に会わなかった?」 「え? 会ったけど……まさか、この近くにいるの?」 反射的に身構えて訊ねれば、フェイがライラックの樹に目を向けた。 「……あそこに、女の子の死体が転がってたんだ。俺は見たことのない子だったから、一応みんなに確認しておこうと思って。……そっちの二人は遭遇した?」 「いや……」 「俺は、ノヴェロ王としか会っていません」 素早く思考を切り替えて真剣な顔つきになったヴァルとヒースが、二人揃って否定する。 おそらく、フェイが発見したという少女の遺体は、エフィーのものだろう。 エフィーの狙いはディアナの命だったから、他の面々がかち合わせていないとしても、不思議ではない。 むしろ、見つからないように細心の注意を払っていたのだろう。 ヴァルとヒースに向けた視線をフェイへと戻し、意を決して口を開く。 「……それじゃあ、本人かどうか確かめてくる」 「姫、平気?」 そんな疑問を投げかけてくるということは、フェイはディアナの過去を見ていないのだろうか。 ディアナを案じるフェイを安心させようと、深く頷く。 「……私は平気だから」 それだけ言い置くと、フェイの横をすり抜けてライラックの樹へと走り出した。
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