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数日後。
あの奇妙な体験をした翌日に、バスカヴィル国に使者を出した結果、数日後の朝、使節団が到着し、昼過ぎになった今でも、会談を続けている。
昼食を済ませた後、落ち着かなくて会議の間の近くでうろうろと歩いていたら、やがて会議の間の大扉が開かれた。
脇に身を寄せてヴァルの登場を待ちわびていると、彼よりも先にウォーレスが姿を現した。
そのまま息を潜め、気配を殺していたのに、ウォーレスはこちらに視線を流してきた。
「ディアナ、久しぶりだな」
素通りして欲しかったのに、何故わざわざ声をかけてくるのか。
挨拶をされてしまった手前、無視するわけにもいかなくて仕方がなく口を開く。
「……久しぶり。ウォーレスは相変わらずだね」
「お前も、相変わらず……と言いたいところだが、雰囲気が変わったな。何か、心境の変化でもあったのか」
「……別に、そういうわけじゃないけど」
すっと目を逸らそうとしたら、ウォーレスがディアナの顎を掬い上げてきた。
無理矢理目線を固定され、否応なくウォーレスと見つめ合わなければならない態勢になってしまった。
「私にとって、あまり好ましくない類いの変化だ」
「だったら、何?」
ウォーレスの発言に、胸の奥で微かな苛立ちが芽生える。
ディアナにとっては、いい方向に変わってきているのかもしれないと嬉しかったのに。
ヒースにも褒められ、くすぐったい気持ちになったのに。
侮辱された気分になり、すっと目を細める。
「私は、そういう目をして欲しかったわけではない」
「貴方の思い通りにする必要は、私にはない。……私のことは、もうどうでもいいでしょう。そんなことより、話はどうまとまったの?」
ディアナが問い詰めれば、意識を切り替えたらしいウォーレスが、淡々とした口調で答えてくれた。
「……バスカヴィルに、魔女狩り失敗の嫌疑がかけられた。そのため、早急に魔女の生き残りの遺体を引き取り、国内での魔女の残党の捜索を開始することになった」
「そう……」
この様子だと、ヴァルもノヴェロ国の要人たちも、先月の終わり頃に暗殺者が襲撃したことまでは打ち明けていないらしい。
(……でも、その方がいい)
現段階で、これ以上バスカヴィル国との間に溝を作るべきではない。
絶滅したはずの魔女が生き延びていた事実は見逃せなかったから、こうしてわざわざこちらの陣中に招いて話し合ってもらう必要があった。
でも、もしもエフィーが魔女でなければ、前回の事件同様、公にはしないで伏せていた。
それだけ、バスカヴィル国とは確執を生むべきではないし、また信用もできないのだ。
元々はバスカヴィル国の民だった身でこんな猜疑心を抱くのは、不躾なのかもしれない。
だが、ディアナはノヴェロ王妃でもあるのだ。
みすみす、迂闊な言動でノヴェロ国の立場を悪くするわけにはいかない。
それに、魔女について調査してもらえれば、ディアナの命を狙っている黒幕の動きを封じられるかもしれない。
少なくとも、これでノヴェロ国への自由な出入りは困難になっただろう。
おそらくは、魔女の存在がノヴェロ国に侵入できた鍵なのだろうから。
そんなことをつらつらと考えていると、ウォーレスが懐から封筒を取り出した。
「来月、演劇を観にバスカヴィルに来るだろう。そのついでに、定期健診を受けてこい。催促の手紙が届いていた」
ウォーレスから手紙を受け取り、微かに眉間に皺を寄せる。
ディアナは定期的に、医者の診察を受けている。
後天的な獣人という稀少種である、ディアナの身体の状態を調べるのが目的だ。
実験体になっているみたいで、あまり気分のいいものではないが、ディアナにそれだけの価値があるのは重々承知している。
それに、定期健診というだけあり、人体実験のような真似をされたことはない。
だから、この件に関しては承諾しているのだが、ある疑問が脳裏を過る。
「……ねえ、ウォーレス」
「何だ」
「貴方が、私たちをこういうのに招待する理由は分かっている。バスカヴィルとノヴェロは、上辺だけでも友好的に見せる必要がある。でも……」
一度言葉を区切り、躊躇いを捨ててから続ける。
「――本当に、バスカヴィルの人たちは花嫁行列の事件で亡くなった人たちのことを悼んでいるの?」
ディアナの問いに、ウォーレスが感情の読めない瞳を眇める。
「……何が言いたい?」
「先月の舞踏会やお祭りを開くのは、必要なことだったと思う。バスカヴィルでそんな事件があったって、他国に悟られるわけにはいかなかったんだから。でも……今回のこういう催し物は、やる必要があるのかなって……。少なくとも、夫はこういうのに招待されなくても、気にしないと思うから……」
「――お前は、何も案じる必要はない」
ディアナの言葉を遮り、ウォーレスは深い溜息を吐く。
「何を言い出すのかと思えば……。国葬は、既に済んでいる。あの祭りの後から今月にかけて、我々バスカヴィルの民は喪に服している。だから、間を取って来月に招待するんだろう。お前が首を突っ込まずとも、そんな心配は不要だ。……それとも、そんなに私のことが信用できないのか」
己の失態を悟り、舌打ちしたい心境に駆られた。
相手はウォーレスなのだ。
不安や疑問に振り回されず、冷静に話を進めていく必要があったのに、胸に圧し掛かってきた違和感をありのままに口に出してしまった。
こんな状況だから疑う気持ちを持つのは自己防衛に繋がるが、だからといってあからさまな物言いをすれば、無用な争いの元になる。
これ以上、事態を悪化させまいと口を開こうとした寸前、目の前に影が割って入ってきた。
「――俺の妻に、何か用か」
威嚇の響きを帯びた、地を這うような低い声に、自分に向けられているわけではないのに、身を竦めそうになってしまう。
「ヴァル……」
「これは、ノヴェロ王。ただ、自分が保護していた相手と雑談を交わしていただけですよ」
「その割には、不穏な雰囲気だったな」
「単なる目の錯覚ではありませんか」
あくまで白(しら)を切るウォーレスに何を思ったのか、ヴァルの全身から極限まで凝縮された怒りが滲み出ている。
その威圧感に、窒息しそうな錯覚を引き起こす。
近くにいたバスカヴィル国の使節団も、ノヴェロ国の要人も、そそくさとその場から立ち去ってしまった。
「……今回は、そういうことにしておいてやろう。だが、一つだけ言わせてもらう」
ヴァルの背に隠されているから、彼が今どんな表情をしているのか窺い知ることはできない。
でも、間違いなく相手を射殺すような目をしているのだろう。
「いい加減、ディアナを解放しろ。こいつは、お前の所有物ではない。意思があるんだ。今後、こいつにとって不本意な要求を突きつけようものなら――」
噛み締めた歯の隙間から、激情が込められた声が押し出された。
「――その時は俺自身、どんな行動に出るか予測できないから、せいぜい肝に銘じておけ」
暗に、命が危うくなるかもしれないと脅すヴァルに内心冷や汗をかくが、彼の背中越しに見えるウォーレスは、楽しげに唇を笑みの形に歪めた。
「……それは、面白そうですね。それでは、その時が訪れないよう、可能な限り気をつけさせて頂きますよ」
「そうしてくれ」
国家間に亀裂が入りそうな雰囲気の中、ウォーレスは悠々と歩き去っていった。
彼があの調子であれば、本気で受け取ったわけではなさそうだ。
去りゆくウォーレスの姿が視界から消えた後、細く息を吐き出す。
花嫁行列の事件から始まった一連の謎を解き明かしたいと思っていたのに、謎は深まるばかりだ。
これから先、一体どうなってしまうのかと心に暗雲が立ち込めていった。
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