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「――フェイ、その後はどうなったの?」
灯りをろくにつけていない仄暗い一室で、闇を具現化したような黒ずくめの女性が、腰かけている椅子の肘掛けの上で頬杖をつき、自分の前に立っているフェイを眺める。
フェイは作り慣れた笑顔を作り、女性の問いかけに答える。
「はい。エフィーの遺体は、バスカヴィルの使者に連れていかれる前に、秘密裏に処理させて頂きました。これで、こちらの足取りを掴む手がかりは消えましたよ」
「そう……バスカヴィルは、間違いなくノヴェロ側を疑うでしょうね」
「そして、ノヴェロはそんなのは言いがかりだと、今度はバスカヴィルに疑いの目を向ける」
「両国共、食い潰し合えばいいんだわ」
女性は愉快そうに、ころころと笑う。
艶やかな赤い唇を弧の形に描いている様は、誰よりも魔女らしい。
これで魔女ではないのだから、人は見かけによらないとの言葉は正しいのだろう。
フェイも女性に合わせて笑いながら、胸中では冷ややかに見下ろす。
(――馬鹿な女)
全てが、自分の思惑通りに進んでいると考えている。
そんなわけがないのにと、心の中でほくそ笑む。
「……それにしても、フェイ。お前が遺体を残す下手を打つなんて、珍しいわね。いつも誰かを消す時には、証拠諸共消し去ってしまうのに」
「……申し訳ありません。フォルスで創られた世界に迷い込んでいましたから、いつもと勝手が違って」
「それもそうね」
あっさりと納得した女性に、苛立ちが込み上げてくる。
その態度は、完全にフェイを侮っている証拠だ。
ある意味思い通りの結果を招いているわけだが、やはりいざとなると癇に障る。
笑みの裏で全てを押し隠し、平静を装う。
エフィーを完全に処分できなかったのは、らしくもなく怒りに駆られてしまったからだ。
エフィーがフェイの反感を買うような真似をしなければ、こんなことにならなかったものをと、内心で悪態をつく。
しかし、過ぎたことを悔いても何も変わらない。
ならば、今回のことは次の手に活かす糧にしなければならない。
「……ところで、次回からは魔女の投入は避けた方がいいですよ。今回の件で発覚しましたが、ディアナのフォルスは並大抵のものじゃない。下手をすれば、こちらが押し負けます。エフィーが創り上げた世界を、自分のものに塗り替えられるほどの力量の持ち主ですから」
「……忌々しい子。そういうところは、あの女に似なかったのね」
「フォルスは親がどうであれ、関係ないものですからね」
明らかに機嫌を損ねてしまった女性を前に、丁寧に一礼する。
このまま留まり続ければ、癇癪を起こした彼女に何をされるか分からない。
さっさと退室し、しばらく廊下を歩いたところで、堪え切れずに笑い声を漏らした。
「……本当に、馬鹿な女。あれで、権謀術数に長けてるつもりになってるんだから」
だから、自分のような裏切り者が現れるのだと、胸の内で付け足す。
(俺は、お前の従順な手駒なんかじゃない。虎視眈々と、その喉笛を狙う――)
――反逆者なのだから。
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